SFマガジン2003年9月号
井上剛死なないで(一九〇〇円/徳間書店)
三島浩司ルナ Orphan's Trouble(一九〇〇円/徳間書店)
菅浩江プレシャス・ライアー(八一九円/カッパノベルス)
北野勇作北野勇作どうぶつ図鑑〈その5〉ざりがに〈その6〉いもり(各四二〇円/ハヤカワ文庫JA)
池井戸潤BT’63(一九〇〇円/朝日新聞社)
笹公人念力家族(一六〇〇円/宝珍)

死なないで 「なぜ人を殺してはいけないのか」と高校生に正面から問われ、大人たちが回答を出せずに戸惑ったことがある。多くの評論家がいささか焦り気味にその問いに答えたが、端的で説得力を持つ答えを出せた大人は誰もいなかった。
 井上剛死なないで(一九〇〇円/徳間書店)はその問いに明確な答えを出してみせた作品といえるかもしれない。指さすだけで生き物を殺す能力を持つ一九歳の路子。路子は愛情を与えてくれなかった両親を強く憎み、二〇歳になったらその力で両親を殺そうと心に決めている。そんな矢先、突然母親が脳出血で入院。「死なないで」と路子は願う。「あなたは私が殺すのだから」。
 特に大きな事件が起きるというわけではない。SF的なアイディアといえば、指さすだけで人を殺せるという地味な超能力だけ。しかし、脳外科医の鷺森との対話、ユーイング肉腫で入院中の彩乃との出会いを通して丁寧に描かれる路子の心の微妙な変化は、読者の心に迫る。少年による凶悪な事件が話題になっている現在だからこそ、SFという枠を超えて、多くの人に読まれるべき作品だろう。

ルナ Orphan's Trouble つづいて、第四回日本SF新人賞を受賞した三島浩司ルナ Orphan's Trouble(一九〇〇円/徳間書店)は、日本近海を謎の生命体が取り巻いたことにより海運がストップ、配給制度や闇市が復活した大阪でたくましく生きる人々を描いた作品。
 この作品の登場人物は、テキ屋、水商売の女、自殺志願の少女など、災害前から社会からドロップアウトしている人物ばかり。政府や科学者の動きなど、いわゆるパニックSFにありがちな場面はほとんど描かれない。設定は恣意的に感じられるし、SF的な説明にしても無理があるように思えるのだが、この作品においては、設定はあくまで、旧秩序が崩壊した世界に生きる人々を描くための手段なのだろう。描写の生硬さや構成のバランスの悪さなど欠点も多い小説ではあるが、決してヒーローでも市民代表でもないアウトサイダーたちの心象風景を細やかに描いた感性には期待したい。

プレシャス・ライアー 菅浩江プレシャス・ライアー(八一九円/カッパノベルス)は、現実と見分けのつかないVRが実現した近未来、次世代コンピュータを開発する従兄の禎一郎からの依頼で、VR空間でオリジナルなものを探索する詳子の物語。短編「夜を駆けるドギー」では、「オマエモナー」「逝ってよし」といった2ちゃんねる用語に新たな意味を吹き込んでネットユーザーを驚かせてくれた菅浩江。この作品でも作者は現実のネット用語を多用、仮想現実という手垢がついたアイディアを使いながらも、技術と人間のかかわり、という本質にズバリと切り込んでみせる。すれたSFファンにも新鮮だし、SFを読み慣れない読者にもお薦めできる良作である。

北野勇作どうぶつ図鑑〈その5〉ざりがに北野勇作どうぶつ図鑑〈その6〉いもり 『北野勇作どうぶつ図鑑』(各四二〇円/ハヤカワ文庫JA)は、「〈その5〉ざりがに」と「〈その6〉いもり」で全六巻が完結。「その5」には、主に「ヒト」(とはいっても、ヒトのように見えるだけで実はヒトデナシなのかもしれない)をめぐる物語が収録され、「その6」は、よくわからない幻のようなどこかへの旅の物語が三篇。自分という存在そのものが疑念に付されるというのに、いずれの作品もどこか懐かしく、淡々として切ない。

BT’63 池井戸潤BT’63(一九〇〇円/朝日新聞社)は、亡くなった父親が残した服を着ることにより、意識だけが一九六三年の父の体に転移、父親の経験をともに体験する……というタイムスリップ小説だが、プロットにはかなりの混乱が見られるし、時間ロジックにはあまり重きが置かれておらず、SF的な読みどころは少ない。

念力家族 最後に、一般書店には並んでいない本だが、笹公人の歌集念力家族(一六〇〇円/宝珍)をぜひ紹介しておきたい。「注射針曲がりて戸惑う医者を見て念力少女の笑顔眩しく」などなど、往年の学園ジュヴナイルSFの香り漂う短歌集である。


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