SFマガジン2003年7月号
北野勇作北野勇作どうぶつ図鑑〈その1〉かめ〈その2〉とんぼ〈その3〉かえる〈その4〉ねこ(各四二〇円/ハヤカワ文庫JA)
小路幸也空を見上げる古い歌を口ずさむ(一六〇〇円/講談社)
鳥井架南子竜宮警報(六五七円/小学館文庫)

北野勇作どうぶつ図鑑〈その1〉かめ北野勇作どうぶつ図鑑〈その2〉とんぼ北野勇作どうぶつ図鑑〈その3〉かえる北野勇作どうぶつ図鑑〈その4〉ねこ 今月はまず、チョコエッグのような装丁、しかも折り紙つきという(ハヤカワ文庫らしからぬ)かわいい体裁で刊行された北野勇作どうぶつ図鑑〈その1〉かめ〈その2〉とんぼ〈その3〉かえる〈その4〉ねこ(各四二〇円/ハヤカワ文庫JA)から。「西瓜の国の戦争」などの初期作品から書き下ろしの「カメリ」シリーズまで、多彩な作品を収めた著者初の短篇集で、現在のところ、かめ、とんぼ、かえる、ねこの四冊が発売中。
 これまで短篇をまとめて読める機会がなかったため、長篇作家のように受け取られがちだった作者だけれど、本書を読んで改めて感じたのは、北野勇作は実は短篇の名手でもあったということ。特に、ある有名なマンガと喪われた未来にオマージュを捧げた「シズカの海」(その4ねこ)は十年に一度の傑作といってもいいくらい。そのほか、どれをとっても北野勇作ならではの世界を描いた名編ばかり。
 北野勇作が好んで描くのは、自分の記憶や存在すらあいまいになっていく世界や、何か人間ではないものの手によって日常が繰り返されている世界。それはディックが好んで描いたシチュエーションとも重なるのだけれど、北野勇作の世界は、ディックのような分裂病的不安とは無縁な静けさに満ちている。
 アイデンティティの崩壊といえば、普通はホラー小説が好んで扱うテーマなのだけれど、北野勇作の場合は自我の崩壊は必ずしも恐怖にはつながらないのだ。むしろ、アイデンティティなんていう借り物の概念にこだわっていた自分がバカバカしくなってくる。たとえ自分が何ものであるかわからなくなってても、世界はとても穏やかで、なんだか本来そうであったところに帰ってきたような懐かしさすら感じられるのである。
 北野勇作ファンにはもちろん、読んだことのない人のための北野勇作入門書としてもお薦め。各巻は侵略もの、ホラーなどテーマ別に編集されているが、発表年代順に読んでいくのもおもしろいだろう。

空を見上げる古い歌を口ずさむ つづいて小路幸也空を見上げる古い歌を口ずさむ(一六〇〇円/講談社)を。第二十九回メフィスト賞受賞作である。
 「いつかお前たちの周りで、誰かが〈のっぺらぼう〉を見るようになったら呼んでほしい」。そういって姿を消した兄。そして二十年後、息子が突然、人の顔が〈のっぺらぼう〉に見えるようになった、と言い出した。二十年ぶりに連絡を取った兄はすぐにやってくる。そして、少年時代の不思議な経験を語り始める。それは、警官の死と同級生の行方不明で幕を開けた、小学五年生の夏休みの物語だった……。
 ミステリとファンタジーのハイブリッドのような不思議な物語である。(世代の違いからか)評者にはあまりノスタルジーは感じられなかったのだけれど、子どもたちと大人たちの距離が近い「パルプ町」の雰囲気は、『ロケットボーイズ』の鉱山町にも似て心地よく感じられる。
 結末近くで語られる真相はいささか唐突に思えるが、次作への伏線なのだろうか。今後刊行されるという続編に期待したい。

竜宮警報 最後に、鳥井架南子の竜宮警報(六五七円/小学館文庫)を紹介しておこう。作者は一九八四年に『天女の末裔』で江戸川乱歩賞を受賞。最近では『ドラゴン・ウィスパー』(祥伝社文庫)などファンタジーのジャンルにも進出している。
 文化人類学者の大浦が南太平洋のマナマ島で呪術師のタロ師から受け取ったのは、この世のあらゆる苦しみや哀しみを消し去るという“逆玉手箱”。日本に戻り、大学内の権力争いに疲れた大浦が箱を開けると、たちまち列島に異変が起き始める。お笑い芸人が首相の座を勝ち取り、政治はエンタテインメント化。国民はテレビやオンラインゲームに夢中になり、ジャンクフードが大ブームを巻き起こす。しかし誰もが楽しく暮らす間に名古屋と大阪の間では戦争が起き経済は崩壊、日本は滅びかけているらしい……。
 明らかに現代日本への警鐘として書かれた作品だが、諷刺があまりにあからさますぎるのがファンタジーとしてはいささか興ざめなところ。


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