SFマガジン2003年6月号
中井拓志アリス―Alice in the right hemisphere(六二九円/角川ホラー文庫)
桐生祐狩剣の門(七八一円/角川ホラー文庫)
宮部みゆきドリームバスター2(一六〇〇円/徳間書店)

 このところ国内SFの新刊が少ない月が続いていて、毎月書評本選びに四苦八苦、なんとか三冊程度かき集める、ということが続いていたのだけれど、とうとう今月は対象本がほとんどない事態になってしまった。
 仕方がないので今月はホラー担当の笹川氏に無理を言って、角川ホラー文庫の新刊からSFっぽい作品をこちらに回してもらいました。もっとがんばれ日本SF。

アリス―Alice in the right hemisphere まず、ホラー文庫で出版されているものの、これはSFだ、それも上質のSFだと胸を張って言えるのが、中井拓志アリス―Alice in the right hemisphere(六二九円/角川ホラー文庫)。二年以上前から近刊として予告されていながらなかなか刊行されず、長いことファンをやきもきさせていた作品なのだけれど、これなら待たされた甲斐もあるというもの。
 一九九五年、東邦大学医学部で六〇名を越す人々が同時に意識障害を起こし、多数の死者、人格荒廃者を出す惨事が起こる。事件の原因となったのは比室アリスという名の一人の少女。それから七年、アリスは眠り続けたまま、厳重な警備の敷かれた国立脳科学センター内の巨大ドームの中で隔離・管理されていた。
 特異なサヴァン能力を持つ彼女が住むのは、人間の論理、言語を遥かに超越した9・7次元の世界。人間には彼女の世界は理解できないし、彼女にも人間の言葉は通じない。彼女の表情は何物をも意味しないが、その人間離れしたシンメトリーを持つ彼女の笑顔に人々は魅了され、異次元の世界を垣間見る。そしてドームの中で彼女が目覚め、歌をうたうとき、厳重だった管理体制はもろくも崩れ去り、人間の安住する低次元の世界は瞬時に崩壊していく……。
 バイオホラーの体裁を借りながらドライブ感あふれるオフビートな展開で読者を驚かせてくれたデビュー作『レフトハンド』、ネット社会の住人ならリアリティを感じずにはいられないハイテクホラー『quarter mo@n』と、寡作ながら、一読忘れがたい印象を残す作品ばかりを送り出してきた作者。
 新作ではオフビートさはやや抑え目ながら、研究者たちが右往左往する展開や、9・7次元の世界という大嘘をぬけぬけとつきとおしてみせる大胆さはやはりこの作者ならでは。研究所や新興住宅地といった人工的な小世界を異貌の世界へと変容させてみせる作者の大技はこの作品でもいかんなく発揮されている。

剣の門 続いて桐生祐狩剣の門(七八一円/角川ホラー文庫)は、なんとも表現しがたい奇妙な作品。あえてジャンル分けをするならば、ホラーでもSFでもなく、ダークファンタジーというべきか(このジャンルの定義もきわめてあいまいなのだけれど)。
 女優を目指してニューヨークで修行中の圭子のもとに、妹の瑛がやってくる。無邪気ですぐに人を信じてしまい、他人にいいように使われる妹を心配し、苛立つ圭子。一方その頃、生きたまま人の手足を切り分けて生前の姿のまま並べておく殺人鬼“ケーキサーバー”が全米を揺るがせていた。
 と、一見普通のサイコサスペンスのように始まる作品なのだけれど、中盤からの展開を予想できる読者はまずいまい。淡々とした筆致で語られる奇怪な物語に茫然としている間に、読者はいつのまにか見たこともない異様な地平へと連れさられてしまうのである。残酷な描写やエロティックな表現のたぐいはほとんどないのだけれど、私たちのモラルを逆なでするような結末は並みのホラーよりもはるかに背徳的だ。

ドリームバスター2 宮部みゆきドリームバスター2(一六〇〇円/徳間書店)は二〇〇一年十一月に刊行された前作の続編。前作はまだ登場人物紹介といったところだったが、この巻ではいよいよ物語が動き出し、大長篇のはじまりを予感させてくれる。大枠はSFでありながら、各話では犯罪目撃者の葛藤や、子どもの虐待といったきわめて現実的な問題を扱っているのがいかにも作者らしいところ。ただし、地球とテーラでは社会が全然違うのに、警察や司法の制度があまりに似すぎているのがちょっと納得いかないのだけれど。


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