SFマガジン2003年5月号
神林長平小指の先の天使(一六〇〇円/早川書房)
渡辺浩弐プラトニックチェーン〈01〉(一二〇〇円/エンターブレイン)
宮部みゆきブレイブ・ストーリー(上)(下)(各一八○○円/角川書店)

 今月は、はからずも現実と仮想(あるいは幻想)について考えさせる作品が三冊そろった。
小指の先の天使 まず、神林長平小指の先の天使(一六〇〇円/早川書房)は、現実と仮想世界をテーマに、ゆるやかなつながりを持った六編を収録した短篇集。
 冒頭に収められた初期短篇「抱いて熱く」は、人と人とが触れ合えば燃え上がるバラード的な破滅世界を放浪する恋人たちを描いた物語。いかにも初期作らしい、瑞々しくも微笑ましいロマンチシズムにあふれた短篇だが、この作品の中でわずかに言及される仮想世界にまつわるエピソードを、二十年の歳月をかけて、さまざまな角度から考察していった過程が、この短篇集に収録された作品群といっていいかもしれない。
 「抱いて熱く」の主人公たちは、本能的に仮想世界を不自然なものと感じ、そこから逃げ出す。ではなぜそれを「不自然」と感じるのか。現実と、仮想世界は違うのか、それとも等価なのか。さらに、「なんと清浄な街」などの作品では、現実を知らない、仮想空間で生まれた生命はどのように世界を認識するのか、といった問題が追求される。
 二十年にわたる作者の思索の流れを追うのも、本書を読む楽しみのひとつといえるだろう。
 さて、書き下ろし作品「意識は蒸発する」の中で、閉じた仮想世界と開かれた現実との相違について神林長平はこう語っている。
「意識は、幽霊や魂や他人の記憶といったものとしていつまでも保存されるのではなく、蒸発するのだ。そうでなくてはならない。それでこそ、世界は真に開かれている」

プラトニックチェーン〈01〉 そしてその一方で、渡辺浩弐プラトニックチェーン〈01〉(一二〇〇円/エンターブレイン)には、こんな台詞が登場する。
「デジタルのデータは、永久に消えないのっ。データベースを検索すれば、1年前のことも1分前のことも、同じように出てくる。(中略)言ったことも、したことも、死んだ後まで永遠に残る。それがデジタル時代なんだから。もう、観念しなさい」
 街の至るところにカメラが設置されるとともに、すべての情報が等価にデジタル化され、動画も画像も個人情報も超高性能の検索エンジン「プラトニック・チェーン」で検索可能な近未来。本書はそんな世界を舞台にした、ショートショート集の第一巻である。同名のアニメも放映されたそうだけれどこちらは未見。
 この作品で描かれるのは、すべての情報が蒸発することなく永遠に記憶され、限りなく仮想世界に近づいた現実の姿。政治的にも哲学的にも、「擬似イベントもの」(死語?)としても、描こうと思えばいくらでも深く突っ込んで描けそうな題材なのだが、作者はあえてその道を選ばず、渋谷で遊ぶ女子高生リカを中心キャラクタに据え、意外なほどオーソドックスなショートショート集に仕上げている。そのあたりが物足りないといえば物足りないのだけれど、かすかな虚無感を感じさせつつも、そうした世界を否定も肯定もせず、核心には決して踏み込まないその手さばきは、すぐれて現代的といえよう。

ブレイブ・ストーリー(上)ブレイブ・ストーリー(下) 最後に、宮部みゆきブレイブ・ストーリー(上)(下)(各一八○○円/角川書店)は、著者初の長篇異世界ファンタジー。小学生のワタルが、家族を襲った過酷な運命を変えるため、〈幻界ヴィジョン〉という異世界を冒険し、成長していく物語である。
 ゲーム好きの作者らしく、クエストをひとつひとつこなして宝玉をゲット、そのたびに主人公は新たな能力を獲得するなど、世界観や物語の展開はかなりRPG風。ただし、RPG風冒険ファンタジーとはいっても、単純な善悪の戦いの物語にはなっていないので(実際、悪と決めつけられる人物は一人も出てこない)、この手のファンタジーが苦手な読者(実は筆者がそうなのだけど)でも違和感なく読み進められるはず。
 第一部のきわめて現実的でドメスティックな物語と、第二部の異世界ファンタジーという水と油とも思えるストーリーを、結末で違和感なく融合させる手腕はさすがである。


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