SFマガジン2003年4月号
福井晴敏終戦のローレライ 〈上〉〈下〉(上一七〇〇円、下一九〇〇円/講談社)
平井和正インフィニティー・ブルー〈上〉〈下〉(各一〇〇〇円/集英社文庫)
林譲治帝国海軍ガルダ島狩竜隊(八〇〇円/学研ウルフ・ノベルス)

終戦のローレライ 上終戦のローレライ 下 まず今月は、福井晴敏の大作終戦のローレライ〈上〉〈下〉(上一七〇〇円、下一九〇〇円/講談社)を、取り上げないわけにはいかないのだけれど、この作品の場合、SFとしてレビュウすること自体がネタバレになってしまいかねないのが悩ましいところ。
 第二次大戦末期、ドイツからUボートで密かに持ち出されながら、米軍潜水艦との戦闘の際に五島列島沖に遺棄されたナチスの特殊兵器「ローレライ」。海軍軍令部の浅倉良橘大佐は、Uボート改め戦利潜水艦「伊五〇七」に、ローレライの回収を命じる。戦況を一変させるほどの力を秘めた兵器ローレライとは何か。そして、浅倉大佐の描く「あるべき形の終戦」とは……。
 この作品は、ガンダム以降のリアルロボットアニメの手法を使って、太平洋戦争をシリアスに描いてみせた、おそらく初の小説なんじゃないだろうか。たとえば上巻の最後で明かされる「ローレライ」の正体はどこかロボットアニメを思わせるものがあるし、キャラクターの描き方や海戦シーンの描写もきわめて映像的。映画化の話も進んでいるそうだが、作品全体の構成は、二時間の映画よりも、むしろ二クールくらいの連続アニメを意識しているように思える。
 ともあれ、濃密な筆致で浮き彫りにされる登場人物たちの存在感、まさに死闘というべき潜水艦伊五〇七の戦闘描写の迫力、そして何といっても緊張感を途切れさせずにこの大作を描ききった作者のパワーには感嘆するほかない。
 ただし、長めの終章には賛否両論あるところでしょう。物語を過去のみで完結させず現在の日本とつなげる意味があるのはわかるけれど、評者としては蛇足に感じられた。

インフィニティー・ブルー〈上〉インフィニティー・ブルー〈下〉 つづいて、平井和正インフィニティー・ブルー〈上〉〈下〉(各一〇〇〇円/集英社文庫)は、もともと二〇〇二年に駿台曜曜社から刊行された作品の文庫化。原則としてはこのコーナーでは再刊本は扱わないことになっているのだけれど、親本は一般読者には手に入りにくい自主出版という形で出版されたので、この文庫版を準新刊として扱うことにする。  マフィアのボスの孫である少年ジョナサンは、二卵性双生児の弟マルコと反目し、後継者争いを繰り広げていた。あるとき、弟マルコを名乗る女に連れて行かれた工場で目にしたのは、知性化されたボノボやロボット犬など、最新の生命工学を駆使した生物の数々。マルコはマフィアの金を無断でこの会社に投資しているのだという。その夜、工場に侵入した彼は、冷凍された弟マルコの遺体と、自分そっくりの生き人形を目にする……。
 というような要約は、この小説の場合あまり意味がない。饒舌な文体、解決がまったく提示されないまま謎ばかりがひたすら増えていく展開。しかも、主人公は薬物によって幻覚を見せられ、記憶まで失っている(かもしれない)のだ。その上、途中からは人格すら変容し、その言動までもが自由意思によるものかどうかわからない事態に陥ってしまう。さらには主人公の前に次々と美女が登場しては彼を好きになる(そして必ず一緒にシャワーを浴びる)というあまりにも現実感の薄い展開。何の証拠もないままに、事件の真相が「おのずとわかって」しまう主人公。主人公はまさに「信頼できない語り手」であり、物語の全てが主人公の妄想なのではないかとすら思えてくるくらい。
 まとまりなく、冗長で、首尾一貫しておらず、しかし何とも言えぬ異様な迫力のある熱病病みの夢のような小説である。ただし、作者のファンではない一般読者にはあまりお薦めしません。

帝国海軍ガルダ島狩竜隊 「ハードSF戦記の決定版!!」という謎の惹句が帯に踊る林譲治帝国海軍ガルダ島狩竜隊(八〇〇円/学研ウルフ・ノベルス)は、太平洋戦争末期の南太平洋の孤島に駐留する日本軍が、奇妙なトンネルの向こうに恐竜の棲息する異世界を発見する、という架空戦記風ロストワールド小説(ハードSFの味付けつき)。当然恐竜との戦いも描かれるのだけれど、その理由がヒロイズムとは無縁の「食料調達のため」なのがおもしろい。ちなみに、トリケラトプスはまずいがティラノサウルスはうまいらしい。


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