SFマガジン2003年3月号
●西崎憲
『世界の果ての庭―ショート・ストーリーズ』(一三〇〇円/新潮社)
●小山歩
『戒』(一六〇〇円/新潮社)
●恩田陸<
『ねじの回転―FEBRUARY MOMENT』(一六〇〇円/集英社)
今月はまず、第一四回日本ファンタジーノベル大賞関係の作品から。大賞を受賞した
『世界の果ての庭―ショート・ストーリーズ』(一三〇〇円/新潮社)は、幻想怪奇小説の翻訳家・アンソロジストとして有名な西崎憲の小説デビュー作。英国短篇小説の紹介でも知られている作者だけあって、五五の断章で綴られた、短篇のような味わいのある風変わりな幻想小説である。
女流作家と日本文化を研究するアメリカ人の恋、そのアメリカ人の研究する国学者親子の業績、アメリカ人の大叔父と親交のあった明治の作家が書いた小説「人斬り」、その作家からの手紙に残されていた謎の言葉の探究、しだいに若くなる病気にかかった女流作家の母親、女流作家の祖父である脱走兵がたどりついた無限の階層を持つ異世界の物語(このパートがいちばんSF的)。一見無関係に思えるこれらのパートが最後にぴったりとひとつになる……という構成の小説ならありふれているが、この作品ではなんとも割り切れない微妙な終わり方をするのがミソ。単純に割り切れないからこその美と言えばいいか、精妙な調和に彩られ、深読みをしたければどこまでも際限なくできる、まさに「庭」そのものを小説にしたかのような作品である。
続いて優秀賞受賞の小山歩
『戒』(一六〇〇円/新潮社)は、チャイナ・ファンタジーというよりはむしろ架空歴史小説。仮想の中国を舞台にしながら、いわゆるファンタジー的な展開はまったくなく、徹底的に歴史小説の手法で書かれた作品である。
帯沙半島の小国・再の名門延家の長男として生まれ、幼時から神童の誉れ高かった戒。しかし、公子・明の乳兄弟として育った戒を縛りつけるのは、決して公子を超えてはならず、生涯公子に仕えて生きよと命じる亡き母親の亡霊。恋も自由な人生もすべてを諦めた戒は、王城の宴席に掘建小屋を立て、国王となった明公を楽しませる道化として生きることを決意する。「舞舞いの猿」と蔑まれ、国中の嗤い者となった戒だが、実はその才能でひそかに明公を助け、再国の危機を救っていたのだった……。
第一部では、ありあまる才能を持ちながら母の呪縛によりすべてを捨てざるを得なかった戒の悲劇と痛快な活躍が思い入れたっぷりに描かれる。これだけでは単なる歴史小説なのだけれど、第二部では一転して小国の割拠する半島情勢も交えて、醒めた眼で戒を突き放して描いている。戒に感情移入して読んできた読者はここで違和感を覚えるかもしれないが、最後には欠点も含めた戒という人間の魅力に気づかされるはずだ。
次に、
『ねじの回転―FEBRUARY MOMENT』(一六〇〇円/集英社)は恩田陸初の時間SF長篇。近未来、過去の時間に介入する手段を手にした国連は、悲惨な二十世紀の歴史を改変するため『聖なる暗殺』(はっきりとは語られないが、ヒトラー暗殺と思われる)を実行。しかし、その代償として原因不明の伝染病HIDSが世界中に蔓延。国連は時間と歴史を「再生」するため、各国の歴史の転換点となる事件を選び、歴史をもう一度確定しなおすプロジェクトを開始。そして日本の歴史の転換点として選ばれたのが、二・二六事件なのだった。
国連は二・二六事件の首謀者たちに「懐中連絡機」を持たせ、かつて経験した事件をもう一度なぞらせていく。再生した歴史が本当の歴史と一致しているかどうかを判断するのは「シンデレラの靴」と呼ばれるコンピュータ。コンピュータが不一致と判定した場合はもう一度時間を巻き戻して何度でもやり直す。そして「再生」は限られた時間内に完了しなければならない……。
これまでリアリズムよりもむしろ繊細な心理描写やファンタジーを得意としてきた恩田陸の新境地といえる作品だが、読後感はやはり今までの恩田陸作品と同じ。歴史そのものよりも、意に反して歴史をなぞらされることになった人々の心理に重点を置いた作品に仕上がっている。ただ、二・二六事件の扱いがあまりに軽いことと、「シンデレラの靴」「額縁」などと比喩で語られるだけの歴史再生の仕組みがさっぱりわからないところが気になる。恩田陸作品にそれを求めるのは筋違いなのかもしれないが。
(C)風野春樹