SFマガジン2003年2月号
●恩田陸
『ロミオとロミオは永遠に』(一八〇〇円/早川書房)
●平谷美樹
『ノルンの永い夢』(一八〇〇円/早川書房)
●機本伸司
『神様のパズル』(一七〇〇円/角川春樹事務所)
●佐藤亜紀
『天使』(一七一四円/文藝春秋)
恩田陸
『ロミオとロミオは永遠に』(一八〇〇円/早川書房)は、作者が最も得意とする〈学園〉の物語。とはいっても、今までの作者の学園ものとはちょっと違う。
環境破壊の後始末のため日本人だけが地球に取り残された近未来、エリートへの近道は「大東京学園」の卒業総代になること。過酷な入試をくぐり抜け、晴れて入学を果たしたアキラとシゲルを待ちうけていたのは、厳しい校則とランク別に分かれたクラス、そして理不尽で狂騒的な試験レースだった。しかしその一方、未来に閉塞感を感じた生徒たちの間では、アイドル、格闘技など、公的には禁止されている二〇世紀のサブカルチャーが人気を集めているのだった。
頽廃と爛熟の二〇世紀日本(より正確には、高度成長期からバブルまでの時代)。そのつけが回ってきたのが現在の状況なわけだから、決してほめられた時代じゃないのだけれど、いかがわしくてキッチュで楽しかった時代。本作をはじめ、浦沢直樹『
20世紀少年』や原恵一監督『
クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』など、二〇世紀サブカルチャーへのノスタルジーを描いた作品がこのところ目立つのは決して偶然ではあるまい。
学園の閉塞状況は二一世紀初頭に生きる私たちもまた感じているものだし、視線がつい過去に向きがちなのも私たちの現実そのもの。二〇世紀の呪縛を乗り越え、私たちは二一世紀に何を夢見られるのか。一見希望に満ちているかに見えるこの作品の結末は、実はきわめて苦い。
同じくJコレクションの平谷美樹
『ノルンの永い夢』(一八〇〇円/早川書房)は、作者自身を思わせる岩手在住の新人SF作家を主人公にした時間SF。新人賞を受賞したばかりのSF作家兜坂亮は、独自の時空論を築き上げた数学者本間鐡太郎を題材にした作品の執筆を依頼される。早速取材を進める兜坂だったが、その矢先に養父が失踪、さらに公安調査庁が兜坂の周囲で活動を開始する。一方、第二次世界大戦前夜のドイツでは、若き本間がナチの高官ゲーリングを暗殺から救い、何かに突き動かされるようにドーム建築の設計に取り組んでいた……。
現在の兜坂の物語とドイツの本間の物語が絡み合った果てに、壮大なヴィジョンへと到達する結末は圧巻。ただ、これは作者の他の作品にもいえることだけれど、語り口があまりに堅実にすぎて、遊びがなさすぎるところが弱点か。
続いて第三回小松左京賞受賞作の機本伸司
『神様のパズル』(一七〇〇円/角川春樹事務所)は、「宇宙の作り方」という壮大なテーマを真正面から、しかもポップな学園SFとして描いてしまった異色作。
大学の素粒子物理ゼミに参加した留年寸前の綿貫基一。彼に命じられたのは、巨大加速器「むげん」の基礎理論を九歳でうち立て、大学には飛び級で入学しながらも、大学側から持て余されている天才美少女穂瑞沙羅華をゼミに引っ張り出すこと。はじめはゼミへの出席を拒否してきた穂瑞だったが、ある老聴講生の発した「宇宙を作ることはできるのか?」という疑問をきっかけにゼミに出席、綿貫とともに究極の難問に挑むことになる。
宇宙論SFというと、どうしても難解なハードSFになってしまいがちだが、この作品は宇宙論や量子論について議論を繰り返す小説でありながら、生き生きしたキャラクタの魅力で一気に読まされてしまう。
宇宙論が個人の心の問題にダイレクトにつながってしまう展開には今ひとつ釈然としないところもあるのだけれど、読後爽快なエンタテインメントとして楽しめる作品だ。
最後に、佐藤亜紀の
『天使』(一七一四円/文藝春秋)は、第一次世界大戦下のウィーンを舞台に、人の心の読み取り操る特殊な能力を持った諜報部員たちの暗躍を描く物語であるとともに、超能力を持った少年ジェルジュの成長を描く一種の成長小説でもある。
佐藤亜紀は決して読者に親切な作家ではなく、この作品でも背景説明のたぐいは最小限に抑えられている。読者は相当の知識と注意力を要求されるが、それを乗り越えれば豊穣で贅沢な物語の世界を堪能できる。
(C)風野春樹