SFマガジン2002年12月号
●飛浩隆
『グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉』(一六〇〇円/早川書房)
●森福都
『セネシオ』(一七〇〇円/小学館)
●松尾由美
『バルーン・タウンの手毬唄』(一五二四円/文藝春秋)
●黒岩研
『オーロラバード』(一九〇〇円/角川書店)
まず今月は、なんといっても飛浩隆の初長篇
『グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉』(一六〇〇円/早川書房)から。飛浩隆といえば、かつてSFマガジン誌上に「象られた力」「デュオ」など珠玉の中短篇を発表して注目を集めたものの、その後十年間沈黙を続け、半ば「伝説の作家」と化していた作家。〈Jコレクション〉中、最大の話題作といっても過言ではないだろう。
舞台は仮想リゾート〈数値海岸〉の一区画、南欧の港町を模した〈夏の区界〉。人類の訪問が途絶えてから千年、取り残されたAIたちは同じ夏の一日を繰り返している。しかし、突如として永遠の夏は終焉を迎える。〈蜘蛛〉とよばれるプログラムの大群が出現、街もその住人もすべてを無化していくのだ。わずかに生き残ったAIたちは、街外れのホテルに立てこもり絶望的な抗戦を試みる。五感のすべてを駆使した硬質な文章で描かれるのは、AIたちを襲う残酷な運命。透明な叙情とエロスとグロテスクさが渾然一体となった、陶酔感あふれる傑作である。
全編に濃厚に漂うのは、日本SFというよりは、懐かしい海外SFの香り。たとえば、冒頭に登場する「流れ硝視」(ドリフト・グラス)という言葉はディレイニーから借りたものだし、さらに舞台となるリゾート地は、ジョン・ヴァーリイやマイクル・コニイの作品を思い起こさせる。AIやVRといえば、九〇年代以降のSFでもよく使われるテーマだが、最新のVR技術を念頭において読むと、本作にはむしろ違和感を覚えるかもしれない。この作品の手触りはあくまで六〇〜七〇年代の、それも最良の海外SFのそれなのだ。
つづいて、森福都
『セネシオ』(一七〇〇円/小学館)は、これまで中国ものや時代もので活躍してきた著者による異色の超能力SF連作長篇。中心になる登場人物のアルバイト学生梅原司(主人公は各短篇によって異なる)は、サイコキネシスの持ち主なのだけれど、動かせるのは細胞や分子レベルの微小なものだけ。それじゃ何の役にもたたないと思いきや、何の設備もなしに細胞や遺伝子の操作ができるわけで、視神経を破壊すれば人を失明させることもできるし、病原性を持った細菌を作り出して人類を滅亡にも追い込める。正確な遺伝子組み替えで事業を始めようとした彼なのだけれど、「異物」となった彼を排除するために、彼と交わってその情報を伝えるプレゼンター、プレゼンターを誘導するプロモーター、異物を直接排除するキラーなど、「免疫系」が作動し始める……。と、ふつうなら免疫系と梅原の対決が描かれるところなのだけれど、後半の展開はなかなか人を食っていて意表をつかれます。最近では珍しい、超能力SFの秀作。
松尾由美
『バルーン・タウンの手毬唄』(一五二四円/文藝春秋)は、人工子宮が一般化した近未来、自然な出産を望む妊婦たちが暮らす特別区で起きる事件を描いた短篇集。『
バルーン・タウンの殺人』『
バルーン・タウンの手品師』に続くシリーズ三冊目である。「幻の妊婦」、「九か月では遅すぎる」などなど各作品は有名ミステリのパロディになっていてにやりとさせられるのだけれど、SFとしても秀逸だったシリーズ初期作品に比べると、普通のミステリに近づいてしまっており、妊婦という存在を通して世界を異化するところまでいっていないのが、SFファンとしては残念なところ。
最後に、黒岩研
『オーロラバード』(一九〇〇円/角川書店)は、なんともオフビートな展開のノンジャンル・エンタテインメント。四年前に妻を亡くした新聞記者の古沢の前に現れた亡妻と瓜二つの女。イヌイットのシャーマンの血を引いているという彼女は、盗まれたナイフを探しているという。そのナイフはオーロラの日になると殺人を起こすというのだが……。物語はあれよあれよというまに全宇宙規模(!)にまで広がっていき、最後には地上七八〇メートルの秋葉原タワーを舞台にしたクライマックス・シーンになだれこむ。まったくバラバラに思える題材を強引にまとめあげる手腕は買うのだけれど、いくらなんでもSFネタの扱い方が雑にすぎます。
(C)風野春樹