SFマガジン2002年9月号
●井上剛
『マーブル騒動記』(一九〇〇円/徳間書店)
●坂本康宏
『歩兵型戦闘車両OO(ダブルオー)』(一八〇〇円/徳間書店)
●佐藤哲也
『妻の帝国』(一七〇〇円/早川書房)
●藤木稟
『オルタナティヴ・ラヴ』(一二〇〇円/祥伝社)
●堺屋太一
『平成三十年〈上〉・〈下〉』(各一六〇〇円/朝日新聞社)
今月は、第三回日本SF新人賞関連の作品が二作。
まず、受賞作の井上剛
『マーブル騒動記』(一九〇〇円/徳間書店)は、突然、牛たちが知能を獲得し、「牛権」を主張して人間たちに「我々を食べるな」と迫るという物語(牛たちには知性と同時に知識までもがどこからか与えられ、念波を使って人間と会話できるのである)。主人公は、テレビ局での昇進に野望を燃やすディレクター。彼の家にある日、知能を持った牛が訪れ、テレビ出演を要求する。作品は、牛の知性化によって社会に巻き起こる混乱と、牛との交流によって次第に変化していく主人公の心情とをからめつつ描いている。文章や人物描写はしっかりしており、完成度の高い作品なのだが、物語は現実的な騒動の描写に留まっており、SF的な広がりには今ひとつ乏しいのが残念。
続いて佳作入選したのが坂本康宏
『歩兵型戦闘車両OO(ダブルオー)』(一八〇〇円/徳間書店)。環境庁に所属する巨大合体ロボダブルオー、正式名称「○○式歩兵型戦闘車両」と、次々に襲い来る怪獣たちの戦いを描いた作品。全編が古きよき巨大合体ロボットアニメへのオマージュといっていい楽しい作品である。ダブルオーが合体ロボになった理由など(年度ごとの予算消化の関係上、三年に分けて造らなきゃならなかったのだ)、ところどころに見える公務員をネタにしたギャグが愉快(もちろん作者は公務員である)。ただ、ロボットものへの思い入れがあまりに強すぎるせいか、物語はお約束のシチュエーションをそのままなぞりすぎていて、新鮮味に欠けるうらみがある。
毎月刊行のハヤカワJコレクション、今月の配本は佐藤哲也
『妻の帝国』(一七〇〇円/早川書房)。『
沢蟹まけると意志の力』以来六年ぶりとなる書き下ろし長篇である。
ある日、人々のもとに、指令の書かれた手紙が届きはじめる。手紙には住所も何も書かれていないにもかかわらず目的の人物に届き、受け取った人物もそれが自分宛てであることを信じて疑わない。彼らには、「直感」によって「自ずとわかる」のである。そして、彼ら「民衆細胞」たちは、手紙の指令に基づいて行動を始める。民衆独裁による国家を成立させるために。
おびただしい数の手紙を送っているのは語り手の妻。何の変哲もない普通の女である妻は、実は民衆独裁国家の最高指導者なのである。ただし、最高指導者とはいっても、妻も国家の全貌を把握しているわけではない。妻も民衆細胞たちと同じく「直感」に動かされているのである。
あまりにも不条理な設定に笑いながら読んでいくと、徐々に笑いは凍りつき、戦慄へと変わる。絶対的なコミュニケーションという名を借りた、絶望的なディスコミュニケーションの物語である。
藤木稟
『オルタナティヴ・ラヴ』(一二〇〇円/祥伝社)は、レディコミ誌で連載、ということで敬遠している人もいるかもしれないのだけれど、これは意外にしっかりした連作SF短篇集。男性の妊娠や仮想現実空間での恋など、未来世界の恋愛をテーマにした短篇三篇が収録されている。ホロデッキが登場したり、データそっくりのキャラ(イラストではスポックそっくりに描かれているけれど、これはデータでしょう)や、ジョーディによく似た「ジョーイ」というキャラが出てきたりと、スタトレファンならにやりとする仕掛けもあって楽しめます。
最後に、今月最大の問題作(?)が、堺屋太一
『平成三十年〈上〉・〈下〉』(各一六〇〇円/朝日新聞社)。要するに、今のままの政治が続いたら日本はこうなっちゃいますよ、という警告小説なのだけれど、SF的には、不条理極まりない官僚制度に支配された未来世界を描いたディストピア小説として読める。『
今池電波聖ゴミマリア』の世界像を、為政者の視点から描いたのがこの作品といえるかもしれない。ただし、政治経済予測の部分はなかなか興味深いのだけれど、若者の描写、エンタテインメント関連、テクノロジー(特にコンピュータ、インターネット関連)の描写はお寒い限り。今どき「ナウい」なんて言葉を使われても困ってしまいますよ。
(C)風野春樹