SFマガジン2002年8月号
小林泰三海を見る人(一七〇〇円/早川書房)
松尾スズキエロスの果て(一八〇〇円/白水社)
みづきゆう著・なかむらたかし原作パルムの樹(二〇〇〇円/富士見書房)
南條竹則寿宴(一五〇〇円/講談社)

海を見る人 他の文学ジャンルでは味わえないSF小説ならではの醍醐味として、世界の姿が見えてくるときのはっとするような快感があると思うのだけれど、それを存分に味わわせてくれるのが、小林泰三海を見る人(一七〇〇円/早川書房)。本誌掲載時から評判が高く、長らく単行本化が待たれていた著者初のハードSF作品集である。
 収録作は、場所によって時間の進行の異なる世界でのロミオとジュリエットの物語である表題作「海を見る人」、頭上に巨大な地面が広がり星空に向かって重力が働く世界を舞台にした冒険物語「天獄と地国」、円筒形の世界を放浪する人々を描いた「時計の中のレンズ」などなど。
 いずれも、物語は表面上のストーリーと、舞台となる世界の構造が見えてくる過程との二重構造になっていて、一見したところ奇妙に見える世界の裏にも物理学の確かな論理が隠されている。そして、物語の過程で主人公は大切な何かを失い、それと引き換えに世界の像を手に入れる。世界を知った歓びと喪失感とがないまぜになった読後感はほろ苦く、そして哀しい。
 先月刊行された野尻抱介『太陽の簒奪者』が現実的な科学技術の上に立脚したクラーク・タイプのハードSFだとしたら、こちらは物理学によって奇妙な架空世界を構築するニーヴン・タイプのハードSFといえようか。ここしばらくめぼしい収穫がなかった日本のハードSF界に、タイプの違う傑作が二作も揃ったのはうれしい限り。

エロスの果て 松尾スズキエロスの果て(一八〇〇円/白水社)は、二〇〇一年三〜四月に初演された戯曲の単行本化。
 一九九九年の七月にイメクラの待合室で産み落とされ、三人のイメクラ嬢に育てられた少年サイゴ。サイゴが心酔する天才少年カドカワハルキ(もちろん「あの人」とは別人)は、「魂の純潔」を汚すものを徹底的に憎み、「世界を終わらせる計画」を密かに練っている。カドカワは痛みを感じれば感じるほど感覚が鋭く冴え、幸福を感じる究極の麻酔薬を発明。その麻酔薬を使って、自分の性器を友人のサイゴに切り落とさせる。
 しかし、麻酔薬を使用したSM愛好者が大量に死亡したことにより、カドカワは逮捕される。二年後、カドカワは釈放されるが、とある事故による脳障害で、計画をすべて忘れてしまう。
 一方、性的快楽を拒絶する男性たちに対して、女性たちは快楽に焦がれるあまり肉体を改造。また、一部の女性は男性をレイプする優秀精子強奪団「スペルマドラゴン」を結成していた。
 バラバラな時系列の物語がモザイク状に展開する構成で、現代の混迷するエロスの果ての果てを描いた作品。暗い未来像、軽快でテンポのいい台詞など、今の日本の「気分」を見事に写し取った戯曲といえるだろう。

パルムの樹 みづきゆう著・なかむらたかし原作パルムの樹(二〇〇〇円/富士見書房)は、なかむらたかし原作・脚本・監督のアニメ映画のノヴェライズ。
 いつも母親に叱られてばかりの内向的な少女ポポは、あるとき生きた人形の少年パルムと出会う。パルムは女戦士コーラムから、天界から持ち出した謎の卵を託され、地底世界タマスに届けようとしていた。ポポは内気な自分を変えるため、パルムや少年窃盗団のメンバーたちとともに、地底へ向かう旅をはじめるのだが、実は卵には地底世界の存亡に関わる秘密が隠されていたのだった。
 親からの自立をテーマにしたファンタジーなのだが、直接には登場しないコーラムと父親との関係が物語の鍵になっているのがわかりにくいし、ほとんどすべてのキャラクターが親との葛藤を抱えているという設定はいささかうるさく感じられてしまう。もう少し設定を整理した方がよかったのではないか。

寿宴 最後に、南條竹則寿宴(一五〇〇円/講談社)を紹介しておこう。表題作こそ幻想味のない飄々とした私小説だが、併録の短篇「秦檜」と「点心厨師」は、中国志怪小説か百間の幻想小説にも似た、夢の中のような雰囲気の味わえる佳品である。

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