SFマガジン2002年6月号
●平谷美樹
『レスレクティオ』(一九〇〇円/徳間書店)
●小松左京/高橋桐矢
『安倍晴明 天人相関の巻』(一五〇〇円/二見書房)
●清水義範
『博士の異常な発明』(一五〇〇円/集英社)
●中内かなみ
『李朝 暗行御史霊遊記』(一五〇〇円/角川書店)
星新一、光瀬龍、半村良……。ここ数年、日本SFを築いた作家たちの訃報が相次いでいて寂しいかぎりなのだけれど、今月は、期せずして日本SF第一世代が活躍していた黄金時代を思い起こさせる作品が揃った。
まず、平谷美樹
『レスレクティオ』(一九〇〇円/徳間書店)は、第一回小松左京賞受賞作『
エリ・エリ』の続編。いささか尻切れトンボだった前作の結末を引き継ぎ、榊和人、立原加寿美、エリック・クレメンタインの数百億年にもわたる遍歴を描く物語である。
前作で宇宙へと旅立った榊和人神父は、ブラックホールを抜け別の宇宙にたどり着く。高度に発達した星間文明を持つイキッスィア人によって再生させられた榊は、謎の存在クレメンタインに導かれるようにして、再び神を求める遍歴を開始する。一方、加寿美もまた、イキッスィアを仇敵とみなすウォダ文明圏の戦士として再生させられていた。
「神なき時代の〈神〉とは何か?」 『
エンデュミオンエンデュミオン』、『
エリ・エリ』と作者が問い続けてきた巨大な問いに、本書ではついにひとつの解答が与えられる。その壮大さは、小松左京や光瀬龍といった日本SFを代表する作家たちにまったくひけをとらないほど。
平谷美樹は、日本SFの本流を継ぐ作家と言われながら、「意余って力足らず」とも評されることもあった。しかし、『エリ・エリ』で積み残した謎に豪腕をもって解決をつけた本書によって、平谷美樹という作家は明らかにひとつの壁を超えたといえるだろう。
次に、小松左京/高橋桐矢
『安倍晴明 天人相関の巻』(一五〇〇円/二見書房)は、小松左京の一九六七年の短篇「女狐」(ハルキ文庫『
くだんのはは』所収)を、第一回小松左京賞で努力賞を獲得した高橋桐矢が長篇化した作品。
原作は、信太の狐伝説と現代の学閥を重ね合わせ、さらに平安時代の権力闘争をアジア全体の文化の流れの中で捉えるというアクロバットをやってのけた、いかにも小松左京らしいスケールの大きい短篇なのだけれど、長篇版は、安倍晴明を主人公に据え、運命と人間の自由意志の相克をテーマにした伝奇小説に仕上がっている。骨格こそ同じだが、短篇版とはまったく別の物語と考えた方がいいだろう。原作の読みどころだった文明批評的な側面が後退して、ありがちな陰陽師ものになってしまったきらいがあるのが残念。
清水義範
『博士の異常な発明』(一五〇〇円/集英社)は、マッド・サイエンティストをテーマにした短篇集。七〇年代の中間小説誌に載っていたSF短篇を思わせる、懐かしい感触が魅力である。どの作品も比較的シンプルなアイディア・ストーリーで、すれた読者にはいささか物足りないかもしれないが、思い出してほしい。私たちが最初に読んだSFは、こういう作品だったのではなかっただろうか。こうした作品があったからこそ、私たちはSFに入門できたのではなかったか。
中では「鼎談 日本遺跡考古学の世界」が秀逸。日本沈没一万年後の考古学者が、トチョーシャは神殿だったのか王の宮殿だったのか、とか議論する物語。パロディの達人の面目躍如たる作品である。
最後に、中内かなみ
『李朝 暗行御史霊遊記』(一五〇〇円/角川書店)。暗行御史というのは、昔の朝鮮にあった役職で、放浪の儒生のなりに身をやつし、隠密に地方をめぐって官吏の不正を摘発するのが仕事。要するに、水戸黄門がオフィシャルな役職になってるみたいなものである。マンガ界では、尹仁完+梁慶一『
新暗行御史』(小学館)や、皇なつき『
李朝・暗行記』(角川書店)などで、少しずつ暗行御史モノが出てきているけれど、小説ではこれが初めてかもしれない。
この作品のミソは、暗行御史に韓国伝統の妖怪をからめたところ(あの「プルガサリ」も出てきます)。中国ファンタジーは数々あれど、韓国ファンタジーというのは今までなかったジャンルなので、固有名詞やら習慣やらが新鮮で楽しい。中国の志怪小説めいた飄々とした味も愉快なのだけれど、物語のメリハリが乏しいのと、キャラが弱いのが残念。
(C)風野春樹