SFマガジン2002年4月号
筒井康隆愛のひだりがわ(一八〇〇円/岩波書店)
菅浩江五人姉妹(一七〇〇円/早川書房)
藤野千夜ルート225(一五〇〇円/理論社)
黒武洋メロス・レヴェル(一六〇〇円/幻冬舎)

愛のひだりがわ  筒井康隆愛のひだりがわ(一八〇〇円/岩波書店)は、とにかく無類におもしろい近未来ファンタジー。月岡愛は、幼いころに犬に咬まれて左手が不自由な小学六年生の少女。母を亡くして居場所を失った愛は、行方不明の父を探しに旅に出る。同行するのは仲良しの犬。愛は犬の言葉がわかるのだ。行く手に広がるのは、廃墟となったビルが立ち並び、ライフルを持った自警団と暴走族が抗争を繰り返す荒んだ世界。旅の間に出会うのは、コンピュータを自在に使いこなすご隠居さん、ドメスティック・バイオレンスに苦しむ女性、空色の髪をした同級生の男の子。さまざまな危機が愛を襲うけれど、いつも、愛のひだりがわには誰かがいて彼女を守ってくれる。
 充分に伏線の生かされたストーリーはシンプルながら実に巧み。しかし、物語以上に魅力的なのは、何があろうとひたすらまっすぐに歩いて行く主人公のキャラクターだろう。最終章でついに父とめぐりあった愛の言葉の、なんとたくましいこと。
 この物語では、登場人物の誰もが苦しかった過去に別れを告げ、新しい幸福を手に入れる。現実の延長上にある暗澹たる近未来世界というのは、このところの日本SFに多い設定だけれども、絶望や諦念を描きがちな新世代作家とは違って、筒井康隆はあくまで人間の可能性を信じ、力強い希望を描いてみせる。それを甘いとか古いとかいう人もいるかもしれないが、私はそれこそが作者の世代の強さだと感じる。

五人姉妹 菅浩江五人姉妹(一七〇〇円/早川書房)は、「SFという形で人間を描きたい」という作者の言葉どおりの端正な短篇集。
 臓器提供用に用意されたクローンたちと、オリジナルの女性の対話を描いた表題作。仮想空間ではホストの人格を演じつつ、現実では満たされぬ思いを抱えた女性を描く「ホールド・ミー・タイト」。ネットではコープス(死体)を名乗り、電子ペットにだけ安らぎを感じている少年を描いた「夜を駆けるドギー」。そして山奥の孤児院で仲間たちとともにひっそりと暮らす少年が、自分の本当の存在理由を知らされる「子供の領分」。どの作品でも作者は、SFという手法だからこそ切り取れる人間の感情を描いてみせる。
 人間の根源的な孤独さ、そしてつながりを求める思い。そうしたかわらぬ人間の本質を共感をこめて描いた本書は、SFを読みなれない読者はもちろん、SF慣れした読者にも、SFという文学の可能性を教えてくれる。

ルート225 藤野千夜のルート225(一五〇〇円/理論社)は、ジュヴナイルSFの道具立てを使ってはいるものの、SF的な展開を期待して読むと失望するかもしれない。
 弟ダイゴを捜しに児童公園へ向かったエリ子。首尾よく見つけ帰ろうとするが、なぜか国道があるはずの場所が川になっていて家に帰れない。元の児童公園へ戻ってもう一度トライすると今度は無事に家に到着。でも家には、さっき電話にでたはずの母がいない。どうやら、二人が迷い込んだのは、両親が消えてしまい、死んだはずのクマノイさんが生きていて、そして高橋由伸がちょっと太っているパラレルワールドらしい……。
 この作品の眼目は、二つの世界の微妙な差異にとまどいつつも、それを現実として受け入れていく二人の心の動きにある。それは変化する世界の中で否応なく生きていかなければならない、同世代の子どもたちの姿にも重なっている。

メロス・レヴェル 黒武洋メロス・レヴェル(一六〇〇円/幻冬舎)は、失われた「人と人との絆」を取り戻すために国家主催で開催されるイベント「メロス・ステージ」の物語。出場者は親子、兄弟、夫婦、恋人同士など二人ペアでエントリー、優勝者には巨額の賞金が与えられるが、負ければ最悪の場合命を奪われる。
 設定はおもしろいのだけれど、残念ながらゲームそのものがそれほど魅力的とはいえないし、出場者の書き分けがはっきりしないので、別に誰が勝っても大差ないように思えてしまう。ゲームの内側だけで物語が進行し、裏側がほとんど描かれないのも少々物足りないところ。

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