SFマガジン2002年3月号
●古川日出男
『アラビアの夜の種族』(二七〇〇円/角川書店)
●粕谷知世
『クロニカ―太陽と死者の記録』(一七〇〇円/新潮社)
●畠中恵
『しゃばけ』(一五〇〇円/新潮社)
●朝松健
『踊る狸御殿』(一三〇〇円/東京創元社)
●島田荘司責任編集
『21世紀本格』(一一四三円/光文社・カッパノベルス)
古川日出男の
『アラビアの夜の種族』(二七〇〇円/角川書店)がすごい。
物語は、ナポレオン艦隊侵攻前夜のエジプトで始まる。圧倒的な兵力を誇るフランス軍に抗するため、有能な奴隷アイユーブは知事イスマーイール・ベイに進言する。アラブ世界に古くから伝わる一冊の書物、読むものの誰もがその書と「特別な関係」に陥り破滅するという『災厄の書』をナポレオンに贈りましょう、と。そして夜が訪れ、アイユーブが探し出した語り部ズールムッドは静かに語り始める。いまだこの世には存在しない『災厄の書』を現実のものにするために。
アラビアン・ナイトを思わせる枠物語形式で綴られるのは、魔術師アーダムと蛇神をめぐる長大な物語。舞台は、夢の論理に支配され、無限に拡大を続ける地下迷宮。その上この小説自体が、作者不詳の『アラビアン・ナイトブリード』の英訳本をさらに作者が日本語に訳したという構成になっており、いわば物語全体が何重もの迷宮を形作っているのだ。
小説の技巧を極限まで凝らし、濃密な語りの魔力によって、物語の勝利を高らかに歌い上げた蠱惑的な大作である。
第十三回日本ファンタジーノベル大賞受賞作の粕谷知世
『クロニカ―太陽と死者の記録』(一七〇〇円/新潮社)は、スペインによるタワンティンスーユ(いわゆるインカ帝国)征服を、文字の神を戴くものと文字を持たないものの戦いとして描いた意欲的な物語。
作者は、文字を持たないまま巨大な国家を作り上げたタワンティンスーユを、伝達吏のネットワークが全土を覆い、誰もが木乃伊の語りを聞くことができる「語り」の文化として規定する。それに対し、スペインの征服者をはじめとする旧大陸の文化は、「文字」という神を戴く文化ということになる。
少年アマルの成長物語、伝達吏ワマンの冒険物語、インカ滅亡史、そして神々同士の戦いと、あまりにも多くの要素が詰めこまれていてまとまりに欠けるのが残念だが、「文字の神」という視点から世界史そのものを大胆に読み換えていく発想は、ファンタジーとしてのみならず、神林長平の系列に連なる言語SFとしても魅力的である。
同じくファンタジーノベル大賞の優秀賞を受賞した畠中恵
『しゃばけ』(一五〇〇円/新潮社)は、江戸を舞台にした妖怪ミステリ。生まれつき体の弱い一太郎は、江戸の廻船問屋兼薬種問屋の若だんな。そんな一太郎を守るべく控えているのは、犬神やら白沢やらといった妖怪たちである。ある夜出かけた一太郎は偶然人殺しを目撃。一太郎は妖怪たちの助けを借りて下手人探しに乗り出すが、事件は薬種問屋連続殺人に発展、やがて一太郎自身までが襲われるはめになってしまう。
落語のように軽妙でとぼけた雰囲気には味があるし、若だんなと心優しき妖怪たちのキャラクターもうまい。主人公の成長小説としても秀逸な作品である。
朝松健
『踊る狸御殿』(一三〇〇円/東京創元社)は、バブルが弾けた直後に執筆された異色の連作ファンタジー。ボーナスをカットされた不動産会社の営業マン、落ちぶれた銀幕のスターなどなど、人生に希望を失いかけたさまざまな人々が、昭和三十年代の歓楽街を思わせる「狸小路」に迷い込み、キャバレー「狸御殿」で歓待を受け、そしてささやかな幸福を手に入れる。
八年前に書かれた作品だが、この作品のメッセージは不況下の今こそじんわりと心に染みてくる。自信を失いかけている日本人へと贈られた、心温まるおとぎ話である。
島田荘司責任編集
『21世紀本格』(一一四三円/光文社・カッパノベルス)は本格ミステリのアンソロジーだが、神秘と先端科学の融合、というテーマからも想像できる通り、優れたSFとして読める作品も何作か収録されている。たとえば瀬名秀明「メンツェルのチェス・プレイヤー」は人工知能の身体性と自意識の問題を扱った、この作者らしい端正な秀作だし、森博嗣「トロイの木馬」は電脳空間が日常となった世界を乾いた詩情とともに描いた作品。SFファンにもお薦めしたいアンソロジーである。
(C)風野春樹