タイトルで何の本だかわかる人はある程度以上の年齢の人だろう。オルグとはorganizerの略で、
大衆や労働者の中に入って、政党や組合の組織を作ったり、その強化や拡大をはかったりすること(人)。[狭義では、共産主義のそれを指す]」(新明解国語辞典第三版)私が大学生の頃には細々とながらキャンパスでこういう人たちが活動していたものだ。ほとんど誰にも相手にされてなかったけど。
つまり本書は、共産主義系勧誘・洗脳マニュアルなのである。著者は大正8年生まれの東洋大学社会学科の教授。帯の惹句はこうだ。
大衆を組織化し、より強力なパワーを発揮させることがオルグの目的である。勘や経験のみに頼る試行錯誤から脱し、普遍妥当な学としてのオルグ技術の開発を目指す画期の書洗脳本は多々あれど、これほど、その正当性を確信した立場から書かれた本も珍しい。しかも、勁草書房といえば、思想書などを出してる出版社ではないか。昔はこんなものを出していたとは。しかも学生運動盛んなりし頃ならいざしらず、この本が出たのは80年代初頭である。いったい当時この本はどう受け取られたんだろうか。
まず著者は
非力な個人である大衆が、強大な力を発揮する方法、それは大衆を組織化し、大衆組織を結成、その後も大衆の組織化を活発に行い、その大衆組織の組織拡大をはかることである。と説く。そのためにはオルグが必要だというのである。そしてオルグ作戦に勝利するためには、作戦計画策定が不可欠だという。さあ、だんだんきなくさくなってきた。
ひと度オルグ活動を実践するや、オルグの背後にある大衆組織が他の対立敵対組織との間で、喰うか喰われるかの攻防戦の展開へと発展、この攻防戦に勝利しない限り、敵対・対立組織から喰われる可能性がある。(略)草刈り場である未組織大衆に対してオルグをかける場合も、それによって敵対・対立組織との攻防戦に発展することを考慮に入れ、作戦計画を策定する必要がある。
つまりこういう思想で書かれた本なのである。大衆は草刈り場。よく出版したな、勁草書房。
このあとはオルグ戦略の分類とそれぞれの技法が説明されていく。
まず、理論オルグは正統派だが大衆向けではなく効果は薄い。それよりも論理的飛躍や矛盾は一切かまわず現実利益を強調した方が、一般性があり効果がある。
さらに大衆に効果があるのが、感情オルグである。「恐怖喚起アッピール」というのは、対象者に強烈な恐怖感・危機感を喚起させるような内容のコミュニケーションを行い、それから逃れる方法はただひとつ、大衆組織に参加し、組合活動をすることだと主張するもの。そのためには裏づけになる都合のよい事実のみをあげ、都合の悪い事実は隠す。なぜそれから逃れる方法が大衆組織に参加することなのかの説明は論理的でなくてもよい。「スケープ・ゴート法」は、いけにえをつくり、すべての悪の責任をその人に押しつけ、そのひとを打倒するということで組織の団結を強化するもの。むちゃくちゃ卑怯な手口だが、著者にはまったくその卑怯さを恥じる様子はみられない。
さらに、大衆文化や集団的レクリエーションをイベントとして実施してオルグの足がかりを作る文化オルグや、大衆の参加したくなるような行動(デモとかセレモニーとか)を行って大衆を集め、同一の集団行動とシンボルの共有で一体感を高める行動オルグもある。今でもよく市民団体とか宗教団体とかがやってるやつですね。
潜入オルグなどというものまで紹介されている。
敵組織の活動家を装い、大衆から好意を獲得、敵中枢に地歩を占める。その間に敵組織の弱点を調べ上げ、機会があれば組織ごと壊滅させる。誰にでもできるものではないし、裏切り者と呼ばれることも覚悟しなければならない。って、おいおい、そりゃスパイじゃないか。とても軽薄と軟弱の80年代に書かれたとは思えないヘビーな内容である。
敵対組織を倒す方法は、さらに卑怯だ。「相手組織に内報者を作り、相手組織の恥部を暴露させる」「入れかわり立ちかわり、三人一組で相手一人に対し個人オルグを個別に行う」などといった戦略が紹介されている。血で血を洗う凄絶な抗争の世界である。
理論闘争の技術でも、相手の理論を打ち破るときには「推論を構成する各段階の妥当性をつく」、「推論全体の論理的不整合性をつく」とまともなのだが、こちらが攻撃されたときの方法として推奨しているのは、卑怯な手口ばかりだ。しかしこれを読むと、今でもネットでの議論でよく見られる手口ばかり。反面教師として役に立つと思うので紹介しておこう。さてこうした分類をもとに、著者はオルグの基本公式を考える。これは現在の洗脳技術にも通用する部分だ。