知られざる韓国SFの世界

 韓国のジャンル小説専門サイトemazine.comというところに、韓国のSF出版史やファンダム史をまとめたページがいくつかあったので、そこの記述を参考に、日本ではほとんど知られていない韓国SF史をまとめてみたい。
 ちなみに、私はハングルはまったく読めないので、以下の記述はすべて機械翻訳頼りである。だから、読解上根本的な誤解があるかもしれないが、ご容赦いただきたい。間違いがあれば、メールなどで連絡をいただければ幸いである。

『ソラリスの陽のもとに』  まず、簡単に言ってしまえば、韓国ではSFの出版点数はきわめて少なく、SFファンの数も多くはない。なんと、韓国で今まで刊行されたSFは全部で290冊あまり。1日1冊読めば、1年もしないうちにすべてのSFが読めてしまうのだ! 日本でもかつて「SF冬の時代」などと言われたものだけど、韓国ではその比ではないのである。
 だから、本屋に行ってもSFはなかなか並んでおらず、ソウル市内の大型書店を除けば、SFが揃っている書店は少ないという。だから、韓国では大部分のSFファンが、SFを買うときにはオンライン書店を利用しているそうである(参考・韓国のオンライン書店のSFの棚(日本語訳))。

 それでは、韓国SF界の歴史を見ていこう。
 韓国SF出版の最初の全盛期は、1970年代中盤である。ただし、このとき出版されたのは児童向けSF。当時の推理小説ブームに便乗して、「東西推理文庫」と「アイデア会館」というふたつの児童向け文庫が次々にSFを出版。現在、20代中盤から30代くらいまでのSFファンの多くは、幼いころにこの2つのシリーズの洗礼を受けているそうだ。
 ちなみに、アイデア会館のSF出版リストはここ(書影つき)。ラインナップを見て驚いたのだけれど、『27世紀の発明王』『合成脳の反乱』『超人部隊』『ロボット・スパイ戦争』などなど、どこかで見たようなタイトルばかり。こりゃ、タイトルのつけ方といいセレクションといい、日本のジュヴナイルSF叢書そっくりではないか。調べてみると、どうやら、前半は岩崎書店の「エスエフ世界の名作」、後半はあかね書房「少年少女世界SF文学全集」と岩崎書店「エスエフ少年文庫」を使っているようだ。たぶん訳も日本語からの重訳なんじゃないかなあ("The Cybernetic Brains"を、日本と韓国でまったく独立に『合成脳の反乱』と訳すなんて考えられない)。だとすると、韓国SFは、その黎明期から日本の影響下に出発した、ということになる。このこと、韓国のSFファンは知っているのだろうか……。

『闇の左手』  このように児童向けSFは紹介されたものの、大人向けのSFはほとんど出版されず、その後『2001年宇宙の旅』や『火星年代記』『コンタクト』などの作品が散発的に翻訳されたものの、それほど話題を呼ばず、SFは長い冬の時代を迎える。韓国では、80年代にはSFはほとんど出版されていないのだ。
 ところが、1990年頃になると、突如としてSFブームが巻き起こる。ファウンデーションやデューン・シリーズなど、代表的な海外SFが次々と翻訳出版されはじめる。あとで年表を示すが、1992年に出た海外SFなど、『華氏451度』『都市と星』『ブラッド・ミュージック』『ソラリスの陽のもとに』『恋人たち』『エンダーのゲーム』『異星の客』『はだかの太陽』『デューン 砂の惑星』『スタータイド・ライジング』『ニューロマンサー』『タウ・ゼロ』……というものすごいラインナップ。この時期に全国各地でSF同好会が結成され、本格的な活動を始めている。
『デューン 砂の惑星』  しかし、ブームは長くは続かない。やがてブームは急速に沈静化、またしてもSFは冬の時代に入り、SFファンは雌伏を強いられる。韓国では、ミステリー、ホラーなどのジャンル小説は韓国では一般小説よりも一段低く見られている上、ジャンル小説の中でもSFは低い地位を占めているのである。ちなみに、韓国では、中国由来の武侠小説も人気が高く、武侠小説作家はけっこういるようだ。武侠小説とは「江湖または武林と呼ばれる、実際存在した中国の現実と重なったり重ならなかったりする奇妙な場所、奇妙な時間に存在する世界」を舞台にした小説である。日本でも金庸の作品が訳されてますね。武侠小説は、日本の時代小説と違って、若い世代にもけっこう読まれているようである。

『ドラゴンラザ』  SFが沈滞する間にブームになったのは、というと、これが実はファンタジー。1998年には韓国産ファンタジー『ドラゴンラザ』が爆発的に売れたことにより出版界にはファンタジー・ブームが巻き起こる。この『ドラゴンラザ』、17歳の少年を主人公にした異世界ファンタジーで全12巻、のちにアニメ化、ゲーム化もされたとか。
 99年にはファンタジー市場に多数の出版社が参入、国内作家による剣と魔法のファンタジーが大量に書かれ、一般小説をもしのぐ勢いで人気を博し、ファンタジーは社会現象にまでなってしまう。1998年、1999年、2000年に出版されたファンタジー小説数の推移を見ると、毎年二倍以上に増えているのだそうだ。こうしたファンタジーがコンピュータRPGの影響を強く受けているのは日本と同じだけれど、日本と違うのは、『ドラゴンラザ』も含め、作家の多くがパソコン通信上での連載からデビューしている、ということ。韓国では、パソコン通信が有力な小説の発表媒体になっているようなのだ。
『ロードス島戦記』  最近では、西洋風の設定のものばかりではなく、武侠小説とファンタジーのハイブリッドや韓国風ファンタジーなど、新しい傾向の作品も書かれているし、翻訳では、『指輪物語』、『アヴァロンの霧』、ジョージ・R・R・マーティン"A Song of Ice and Fire"から日本の『ロードス島戦記』『アルスラーン戦記』に至るまで、多くの海外ファンタジーが翻訳出版され、ファンタジー界は隆盛を極めている。しかし、当然ながら過剰供給による質の低下も著しく、最近ではファンタジーの部数は減少しつつあるという。

『ヴァンパイアハンターD』  SFが少しずつ息を吹き返してきたのは1999年。100億ウォンの巨費を投じた怪獣映画『ヨンガリ』が話題になり、一般人の関心がSF映画を通してSFへと集まったのである。「ファンタジーの次はSFだ!」のかけ声が高まったが、公開された『ヨンガリ』は大宣伝にもかかわらずトホホな作品だったこともあり、結局SFブームは火がつく前に終わってしまった。
 ただし、それでも1999年は韓国SF界にとって記念すべき年になった。韓国出版協会が毎年開いているソウル国際図書展内に、アマチュアのSFファンたちが「SF図書展」のブースを設け、「SFコンベンション開催広報」を配るとともに、珍しいSFの展示会と販売を行ったのである。このSF図書展には、1000人を超える人々が集まり、盛況を博した。
 また、この年の10月には、初めてSF専門のウェブマガジンが登場、SFに飢えたファンの熱狂的な支持と声援を受けた。これにより、主にパソコン通信上で活動していたSFファンたちがウェブ上でも活動を開始。さらにこれまでにパソコン通信に加入しないまま孤独なゲリラ戦を繰り広げていたインターネット使用者にとって砂漠のオアシスのような役割りをする一方、潜在的なSFファンがSF文化に入門する契機となった。
 そして、1999年から2000年にかけて、かつてSFファンに夢を与えてくれた1970年代の「アイデア会館」のSF50数冊を電子化するプロジェクトが行われた。このプロジェクトには80人余りのSFファンが参加、完成した1000枚のCDをSFファンに無料で配ったという(www.sfjikji.org)。
 こうしたSFファンの共同作業の結果、散慢に散らばっていたSFファンダムが自ら再組織化する現象が起こった。それぞれのパソコン通信で互いに独自的な文化圏を形成していたSFファングループは、各種イベントを通じて交流を始め、同時多発的にSFについての議論が増えはじめたのである。
 つまり、1999年は、韓国に初めて「ファンダム」が誕生した年なのだ。

 こうしたファン活動の活発化にともなって、SF出版も活性化。ファンタジーに追いつくとまではいかないが、2000年に出版されたSFは26冊にも達する。
 こうした出版ラッシュの影には、SFファンが高じてフリーのSF出版企画者になった人たちの存在があるようだ。彼らは、自分の薦める海外SFを出版してくれる出版社を探し、直接出版社と交渉し、自らその本を翻訳してSFファンのもとに届ける、という活動を続けているそうだ。彼らフリーのSF企画者は現在、グレッグ・イーガンやデイヴィッド・ウェーバー、ダン・シモンズ、コニー・ウィリスなどの翻訳を企画しているという。
 2000年12月16日には、「SF人たちののびやかな午後」(「SF人の長い午後」と訳した方がいいんだろうか?)というイベントが開かれ、国内に散在する6つのファングループ、SF出版社の編集者、フリーランスのSF企画者、ファンたちが集まり、楽しく騒いだりSF翻訳出版についての議論を行ったりしたという。
 そしてついに、2001年7月28日から29日にかけて、第1回韓国SF大会が開かれ、300人のSFファンがソウルに集まった。

『魔性の子』  2001年現在、韓国SF界は第3の盛り上がりを迎えようとしているという(といっても、ファンタジーや武侠小説に比べれば大したことないんだけど)。そして、今回の特徴は、以前とは違い、SFファンダムがブームに能動的に関わっているところ。韓国のSFファンダムも徐々に成熟しつつあるのだ。
 ただし、現在のところ、翻訳SF専門の叢書は「グリフォン・ブックス」ひとつだけだし、既刊もたった17冊にすぎない。それに、翻訳SFへの熱気は、創作SFの発展へと結びついておらず、国内SFはまだまだ未発達の状態。国産SFも最近になっていくつか出版されてはいるものの(これまた、パソコン通信での連載が本になった、というパターンが多いようだ)、完成度はあまり高くないようだ。
『銀河英雄伝説(1)』  日本SFはどうかというと、これもあまり訳されていないよう。日本アニメやマンガが大量に輸入されているわりには、翻訳された日本のSFは田中芳樹『銀河英雄伝説』、大江健三郎『治療塔』、筒井康隆『島をのんだイルカ』(←なんだこれ)くらいのものだ。SFに限定しなければ小野不由美『魔性の子』『屍鬼』、宮部みゆき『火車』、島田荘司『占星術殺人事件』、京極夏彦『百鬼夜行 陰』(これだけ翻訳して意味がわかるんだろうか)、貴志祐介『黒い家』、田口ランディ『コンセント』など多数の小説が訳されているのだけど。あ、そうそう山之口洋『オルガニスト』も翻訳されてました(なぜか分類はミステリ)。
 ともあれ、韓国SFファンダムはまだ若くて熱気にあふれている。ちょうど今ごろソウルでSF大会も開かれているようだし、来年あたりはSFを通じた文化交流なんてどうでしょうね>韓国語できる人。

 さて最後に、ちょっと長くなるが、韓国での主な翻訳SFの出版年表を(タイトルは邦題)。
1972『透明人間』『動物農場』
1975『27世紀の発明王』『合成脳の反乱』など〈アイデア会館〉の児童向け作品群
1979『2001年宇宙の旅』
1980『1985』『スローターハウス』『ジェイルバード』
1983『2010年宇宙の旅』『時間を征服した男』
1984『1984』『宇宙戦争』
1985『コンタクト』
1986『80日間世界一周』『鋼鉄都市』『闇の左手』
1987『宇宙船ビーグル号の冒険』『火星年代記』
1988『世界終末10億年前』
1989『素晴らしい新世界』『地球に落ちてきた男』『レベル・セブン』
1990『2061年宇宙の旅』『アルジャーノンに花束を』『透明人間の告白』
1991『宇宙のランデブー』『メランコリーの妙薬』『ブラジルから来た少年』『侍女の物語』『エコトピア・レポート』『蝿の王』『バトルフィールド・アース』『銀河英雄伝説』〈ファウンデーション〉シリーズ1〜5巻
1992『都市と星』『楽園の泉』『地球帝国』 『宇宙気流』『宇宙の小石』『暗黒星雲の彼方に』『はだかの太陽』『夜明けのロボット』『ロボットと帝国』『ミクロの決死圏』『ミクロの決死圏2』『ネメシス』『バイセンテニアル・マン』 『夏への扉』『異星の客』『月は無慈悲な夜の女王』 『デューン 砂の惑星』『デューン 砂漠の救世主』『デューン 砂丘の子供たち』『デューン 砂漠の神皇帝』 『アンドロメダ病原体』『スフィア』『ジュラシック・パーク』 『華氏451度』『スタータイド・ライジング』『ニューロマンサー』『バトルランナー』『ブラッド・ミュージック』『ソラリスの陽のもとに』『恋人たち』『エンダーのゲーム』『ガラスの塔』『タウ・ゼロ』『時空の支配者』『宇宙都市』『宇宙に旅立つ時』
1993『フランケンシュタイン』『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』『宇宙の傭兵たち』『われはロボット』『虎よ、虎よ』『リングワールド』『盗まれた街』『未来世界から来た男』『光の王』『人類の子供たち』『タイムスケープ』〈ゲド戦記〉1〜2巻
1994『猫のゆりかご』『タイタンの妖女』『レ・コスミコミケ』『宇宙のランデブー2』『宇宙のランデブー3』『宇宙のランデブー4』
1995『宇宙の戦士』『夜来たる(長編版)』『魔術師が多すぎる』『アーサー王宮廷のヤンキー』『銀河ヒッチハイクガイド』『わが名はコンラッド』『タイムパトロール』
1996『ゴールド』『母なる夜』『マレヴィル』『スノウ・クラッシュ』『終りなき戦い』『われら』『分解された男』『スターファイター』『重力の使命』『治療塔』『治療塔惑星』
1997『ガラパゴスの箱舟』『時計じかけのオレンジ』
1998『人間以上』
1999『結晶世界』『オルガニスト』〈アンバー〉シリーズ
2000『黙示録3174年』『死者の代弁者』『ゼノサイド』『キリンヤガ』『タイムライン』
2001『あいどる』『落ちゆく女』『エンダーの子どもたち』『ダスト』

『あいどる』  この表を見ると、90年代以前には韓国ではごく散発的にしかSFが翻訳されておらず、古典的な作品すらほとんどが1990年以降に訳されていることがわかりますね。その勢いたるや、50年代から90年代までのSFの歴史をわずか数年でたどり直そうとしているようなすさまじさ。なんせ『宇宙の小石』と『ニューロマンサー』が、『分解された男』と『スノウ・クラッシュ』が同じ年に訳されているのだ!(『スノウ・クラッシュ』の翻訳が日本より早いのには感心)
 中でも、嵐のように大量のSFが翻訳されているのが1992年。盆と正月とクリスマスとハロウィンが一緒にやってきたような騒ぎである。こんなもん、どうやって年間ベストテンを選べばいいんだ(しかし、こんなにいっぺんに出されても、買って読む方はたいへんだよなあ)。
 どうも、韓国の出版界ではシリーズ一挙刊行が好きらしくて、91年から92年にかけてはアシモフが山のように出ているし、92年のデューン一挙刊行も壮観。そのわりに、ゲド戦記は2巻で出版が止まってたり、『ニューロマンサー』の次に紹介されたギブスンがいきなり『あいどる』ってのも不幸というかなんというか。
(last update 01/08/01)

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