心の昏き川
ディーン・クーンツ著 白石朗訳 文春文庫 97/12/10発行 上581円 下676円

 もうクーンツは見切ったと思っていた。もう読む必要はないとすら思っていたのである。本書を読んだ今となっては、我が身の不明を恥じねばなるまい。

 クーンツはいうまでもなく、数年前のモダンホラー・ブームの中心だった作家。彼の作品は怒涛のように邦訳され、ほとんど月刊クーンツといってもいい状態。私も出るたびに読んでいたのだが、数作も読んでいくうちにパターンが見えてきた。どれを読んでも面白いことは面白いのだが、新しい発見がない。脳天気にすら思えるハッピーエンドも、キングなどと比べてなんだか深みがないように思えた。
 そう思ったのは私だけではないらしく、何かの雑誌には、この通りに書けばクーンツ小説ができあがるという「クーンツ・フローチャート」なるものまで掲載される始末。クーンツの小説といえばベストセラー作法に基づいた恐怖の金太郎飴小説、という評価はわりと一般的だったと思う。

 しかし、久しぶりに本書を読んで、私は驚いた。クーンツって、こんなに面白かったっけ? 邦訳もあまり出なくなり、私が「クーンツは見切った」と思っているうちに、クーンツはさらにレベルアップしていたのであった。
 むろん、クーンツ流のベストセラー作法に従った小説作法は今までと変わらない。ドラマチックすぎる主人公の過去。キャラの立ちすぎた敵役の造形。達者すぎるじらしのテクニック。要はうますぎるのだ。確かにそのあたりが鼻につくという人もいるだろう。
 しかし、本書にはどこか今までの作品とは違うところがある。ひたすらエンタテインメントに徹していたかつての作品に比べ、人間描写やテーマ性を前面に出し、さらに深く踏み込んでいるのだ。クーンツのトレードマークともいえるハッピーエンドも健在だけれども、かつてのような脳天気さはみじんもない、強い意志と希望に満ちたエンディングである。こういうテーマの小説で暗いエンディングにすることは楽だし、現にそういう小説は山ほどある。それなのにあえて困難なハッピーエンドを選び取るところが、アメリカ的価値観を深く信じているクーンツの強さなのだろう。アメリカ嫌いな私だが、このエンディングにはちょっと感動してしまった。
 解説にも書いてある通り、『邪教集団トワイライトの追撃』などのイメージでクーンツをとらえて馬鹿にしている人は要注意だ。

 ちょっとほめすぎたかな(笑)。でも面白いものは面白いのだから仕方ない。かつてクーンツにはまったけど飽きてしまっていた人には絶対のお薦め。もともとクーンツが嫌いだった人には、深みが出たとはいえクーンツ節はあいかわらずなのであまり薦めないけれど。
 今後も90年代のクーンツが続々訳されるようで楽しみなのだけれど、一時期の嵐のような邦訳ラッシュよりも、もっとゆったりとしたペースでの紹介を望みたい。最近のクーンツ作品はそれにふさわしい作品だと思うから。
 しかし、できれば『インテンシティ』もいい訳で読みたかったなあ。

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