イグニション
ケヴィン・J・アンダースン&ダグ・ビースン 矢口悟訳 早川書房 98/2/28発行 1800円

 「ケネディ宇宙センター版の『ダイ・ハード』」という解説の言葉が、この作品の内容を適確に表現している。非番の宇宙飛行士が、テロリスト相手に超人的な活躍を見せる、というストーリーは、まさに『ダイ・ハード』。オープニングからエンディングまで、ノン・ストップのハリウッドアクション映画そのもので、退屈することなく読めるのは確か。映画にしたら見栄えがするだろうなあ、という見せ場も(宇宙開発ファンとしてはちょっと心が痛むが)用意されているのだけれど、ここまで映画を意識しすぎていると、小説としてのアイデンティティはどこに? という気もするなあ。テロリストの動機もはっきり書き込まれているとはいいがたいし。
 しかし、映画だと派手な効果にごまかされてあんまり感じないのだが、小説だとどうしても疑問に感じてしまうことがひとつ。
「ワンマンアーミーものの主人公って、事態を混乱させているだけなのでは?」

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夢の女・恐怖のベッド
ウィルキー・コリンズ 中島賢二訳 岩波文庫 97/12/16発行 660円

 『月長石』『白衣の女』などぶあつい長篇小説で知られるヴィクトリア朝大衆小説作家の短篇集。ミステリの元祖とでもいうべき、謎と怪奇に満ちた物語八篇が収められているので、コリンズは読んでみたかったけど、『月長石』の厚さを敬遠してしまっていた人にはおすすめ。
 ただ、エンタテインメントとして万人に薦められるかと訊かれると、少し首を傾げてしまう。
 夏目漱石よりも大江健三郎の方が進歩しているとはいえないように、小説や音楽など、芸術に関しては、決して単純な進歩史観は通用しないと思うのだが、エンタテインメントに関しては、確かに進歩ってのはあるのだ。
 だから、こういう小説を読むときには、骨董を楽しむときのような、ちょっとしたコツが必要になってくる。奇怪な殺人装置が登場する「恐怖のベッド」といい、ユーモア・ミステリー「探偵志願」といい、充分楽しめることは確かなのだが、今の短編小説の基準で考えれば、どうしてもストーリーが一直線で単純なことは否めないのだ。
 骨董の渋みをめでるように読むのが吉。

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