午後の死
 シェリイ・スミス 山本俊子訳 ハヤカワ・ミステリ(1983年6月15日発行)

 原題"An Afternoon to Kill"は、「午後のひまつぶし」というような意味。二重の意味を持ったなかなかしゃれたタイトルである。著者シェリイ・スミスは1912年生まれのイギリスの女性作家。他の著書としては『逃げる男のバラード』がポケミスに入っているらしいけれど未読。

 インドに向かう途中、イラン台地の砂漠に不時着したランスロット・ジョーンズ青年。砂漠の彼方にみえた邸宅にたどり着いた彼を出迎えたのは、意外にもイギリス人の老女だった。異国の砂漠に住まうこの女性はいったい何者なのだろう。首をひねるジョーンズだったが、めったにない故国の人間の訪問を彼女は暖かく受け入れ、そして飛行機の修理が終わるまでの午後のひととき、問わず語りに自分の生い立ちを語り始める。
 彼女の本名はブランシュ・ローズ。裕福な商人の家の長女として生まれ、ロンドン郊外の豪邸で少女時代をすごした。母を亡くした後、最愛の父親と兄弟の面倒を見ていたが、彼女が18歳になったとき、父親はソフィアという若い女性を後妻に迎える。父を奪われたブランシュの前にソフィアのいとこだという青年弁護士オリヴァーが現れる。思いがけず求婚されたブランシュは、父へのあてつけのように結婚してしまう。しかし、それをきっかけに家族の平和は徐々に崩れ去り……。

 「千一夜風ミステリ!」という帯の文句に惹かれて読み始めた。「千一夜風」というから、どんなに入り組んだ話なのかと思っていたのだが、物語はごくごくストレートに進む。千一夜との共通点といえば、単に中近東で語り手が昔の話を語って聞かせる、というだけのことなのである。ジュリアン・シモンズが「まったく独創的」と激賞したそうなのだけれど、そうかなあ。とても平凡な物語に見えるのだけれど。帯にも「本格推理の名作」とあるけど、本格ではなくクライム・ノヴェルといった方がいいと思う。
 だからといってつまらないかといえば、そうでもないのですね。期待とはちょっと違っていたというだけで、イギリス・ミステリの王道ともいえるドメスティックな渋味のあるストーリーは安心して読めるし、ユーモア漂う結末にはにやりとさせられる。けれんみのない展開といい、2、3時間あれば読めそうな薄さといい、"An Afternoon to Kill"に紅茶でも飲みながら読むにはちょうどいい物語だ。……ということは、タイトルには三重の意味があるってことになるのかな。

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