エゴパシー 自己の病理の時代
影山任佐 日本評論社 97/12/20発行 1800円

 著者の影山先生は、最近ではテレビなどにもよく登場している犯罪精神医学者。東京工業大学の教授である。私は、東工大で健康診断のバイトをしたときに一度お会いしたことがあるのだが、そのときはただの保健センターの校医さんだと思っていた(笑)。

 「エゴパシー」とは「自己の病理」を意味する著者の造語で、現代の若者の病理を示す言葉だそうだ。本書前半では神戸小学生殺害事件やストーカーなどの例から現代の青年の心理が分析されていて、タイトルもそこから取られている。
 しかし、実はそういった内容は前半だけ。後半はそれとは全然関係ない雑多な論文の寄せ集めである。精神医学関係の本だとこういう構成はわりと多いのだけど、一冊の本にするんだから全体の内容を統一してほしいよなあ、やっぱり。

 著者によれば、現代の若者の病理は、かつてのような欲望が満たされないための葛藤ではなく、自己の存在の空虚さや自己愛などの自己の病理=「エゴパシー」であるという。さらに、学生とキャンプに行ったら、釣りの仕方がわからないといわれた、などといったエピソードから、現代の若者には直接的な生活体験が不足している、と結論し、それを著者は「生活ソフト欠乏症」と名づける。また、ハイテク機器やアニメなどに囲まれ、幼児的な万能感によって挫折体験を癒しているオタクな若者たちを「のび太症候群」と命名する(この恥ずかしいネーミングはなんとかしてほしいなあ)。

 これが前半の分析の主な内容なのだけれども……とほほ。読む前にはいくらなんでもこんなとは思いませんでしたよ、私は。今後影山先生とは、学会なんかで会うこともあると思うので、あんまりけなしたくはないのだけれど(笑)。
 本書に書いてあることは、どれも以前から(特に年配の評論家などに)言われていたことばかり。新奇な用語はたくさん発明しているのだけれど、新しいことはまったく言っていないのだ。今さら「生活ソフト欠乏症」とか言われてもなあ。
 で、著者の主張はもうおわかりでしょう。「もっと自然と触れあい、友達と語り合え」(笑)。やれやれ。そんなことで現在の問題が解決できると本気で思っているのだろうか。自分たちが子供だったときのように自然と触れあえば何とかなると思ってしまうのは、やはり世代の問題なのかな(著者は1998年で50歳)。

 前半の若者の分析は今一つなのだけれど、著者が本領を発揮するのはむしろ後半。中でも私が感心したのは「現代若者の攻撃性」という論文だ。前半の内容とも関係する内容だけれど、データに基づいているだけにはるかに説得力がある。
 古来より殺人犯は青年男性に多く、20代前半がそのピークだといわれている。これは時代や地域を問わず、国際的に普遍的な犯罪学的事実とさえ主張されてきた。しかし、著者たちの研究によれば、ここ20年ほどの間にわが国の殺人は減少してきており、特に10代、20代の殺人者率はかつての1割ほどにまで極端に減少してきているというのだ。同様に若者の暴行率や自殺率も減少してきており、若者の攻撃性は殺人などの直接的、能動的な形態から、「いじめ」といったより間接的で受動的な形態へと移行している、と結論している。そして、著者は「ビデオや雑誌などのマスコミが日本の若者の凶悪犯罪発生率に影響を与えているという事実はない」と断言する。
 このあたりの記述はなかなか興味深いし、前半のようによけいな価値判断が入っていないだけに気持ちよく読める(笑)。

 そのほか、多重人格やジャネ論、犯罪精神医学史といったテーマに関する論文が収められて読み応えがあるのだけれども、この辺はちょっと専門的すぎてお勧めしにくい。
 まあ、認識が古すぎる前半にしろ雑多な後半にしろ、全体にどうも中途半端という感はいなめない本である。タイトルとか帯の文句から、若者の心理と行動について読み解いた本だと思って買うと後悔します(笑)。

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