週刊読書人2005年10月
●ダグラス・アダムス
『銀河ヒッチハイク・ガイド』(河出文庫)
●コリイ・ドクトロウ
『マジック・キングダムで落ちぶれて』(ハヤカワ文庫SF)
●瀬名秀明
『デカルトの密室』(新潮社)
ある日突然、銀河バイパス建設のため地球が消滅。唯一の生き残りとなった平凡なイギリス人のアーサー・デントは、たまたま地球にいた宇宙人のフォードとともに銀河をヒッチハイクするはめになる……というダグラス・アダムス
『銀河ヒッチハイク・ガイド』(河出文庫)はSFコメディの古典的名作のひとつ。もともとBBCラジオの連続ドラマだったものを、原案・脚本を担当したアダムス自身が小説化した作品である。全編を彩るのは、モンティ・パイソンの流れを汲む、ドライでシュールな英国式ユーモアで、発表から四半世紀の時がたつのに面白さがまったく古びていないのは驚きだ。
今になって映画化されたことからもわかるように、英語圏では長い間愛されてきた作品なわけだが、とりわけこの小説を愛読したのはコンピュータ・ハッカーたち。たとえばグーグル電卓で「人生、宇宙、すべての答え」と入力すると「四二」という回答が出る理由はこの小説を知らないとわからないし、翻訳サービス「バベルフィッシュ」の名前もこの小説から。コンピュータ文化にさまざまな形で影響を与えた作品といえるだろう。続編
『宇宙の果てのレストラン』も同時刊行。
続いて、最近のコンピュータ文化の雰囲気を伝える作品を紹介しよう。コリイ・ドクトロウ
『マジック・キングダムで落ちぶれて』(ハヤカワ文庫)である。サイバー法の第一人者であるローレンス・レッシグ教授らコンピュータ界の大物も絶賛しているこの小説の作者は、IT企業のアドバイザーにして人気ブログのライターというまさにデジタルの申し子。
舞台は、人格の「バックアップ」がとれるようになって事実上の不老不死が実現し、仕事をする必要もなくなった未来の地球。死なないし働かなくてもいいのだから「生きがい」とか「有意義」とかいう言葉は無意味。そこで主人公は、憧れのディズニー・ワールドのスタッフになって、アトラクションを運営しつつ、ちまちまと権力争いを繰り広げる……。なんとも人を食った物語なのだが、豊かさの意味も変わってしまい、貨幣経済から「評判」にもとづく経済へと移行しているというアイディアはユニーク。突拍子もない設定だと思われるかもしれないが、「グーグルランク」はまさにこの原理に基づいているわけで、この本はネット経済の未来形を描いた作品としても読めるのだ。
最後に、瀬名秀明
『デカルトの密室』(新潮社)は、確実に今年の国内SFベスト3には入る大傑作。ここ数年、ロボットに関わる小説やノンフィクションを発表し続けてきた瀬名秀明が、知能というアポリアに真正面から挑んだ長篇である。
世界的な人工知能コンテストに参加するため、自ら作ったロボット・ケンイチとともにメルボルンを訪れた尾形祐輔の前に美貌の天才科学者フランシーヌ・オハラが現れる。十年前に死んだと伝えられていたフランシーヌは、祐輔を挑発しゲームに誘い込む。奇妙なゲームの果てに祐輔は密室に幽閉され、ケンイチはフランシーヌを射殺。しかしそれは天才フランシーヌの仕組んだ事件の始まりに過ぎなかった……。
人工知能に関する哲学・工学の膨大な議論を踏まえた物語は、難解だが読み応え充分。その上で作者は、哲学者でも工学者でもない作家の視点からの解答を打ち出している。感動的でありながら謎を残した結末も見事。
(C)風野春樹