週刊読書人2005年9月
●小川一水
『老ヴォールの惑星』(ハヤカワ文庫JA)
●藤崎慎吾
『ハイドゥナン(上・下)』(早川書房)
●浅暮三文
『実験小説 ぬ』(光文社文庫)
ライトノベルという枠組みの中で、現場で働く技術者の矜持をディテールにこだわって描き出した作品を発表して注目を浴び、近年は『第六大陸』『復活の地』という大作で古参のSFファンをうならせ、まだ二〇代という若さながら一躍SF界の中心へと躍り出た小川一水。
『老ヴォールの惑星』は、その小川一水の初の作品集であり、収録作はいずれも粒ぞろいの傑作ばかり。「ギャルナフカの迷宮」は、過酷な地下迷宮に投獄された人々を通して社会を作る動物としての人間の本質を問いかける。また、星雲賞を受賞した表題作は、ホット・ジュピターという天文学の最新の発見を題材に、特異な知性体と人類とのコンタクトを描く。「幸せになる箱庭」は、仮想世界と現実との関係を新しい切り口から描いた作品。そして、書き下ろしの「漂った男」は、表面積八億平方キロの広大な惑星の海を漂流する男の人生の物語である。
小川作品の魅力は、社会と人間、組織の中の人間という複雑なテーマを、常に痛快で力強い物語として描き出してみせるところにある。本書はそんな小川一水という作家の特質が凝縮された密度の濃い作品集であり、ライトノベルは苦手という向きにも最適な一冊である。
続いて、骨太の火星SF『クリスタルサイレンス』でデビューしてSFファンを狂喜させた藤崎慎吾が、満を持して書き下ろした二〇〇〇枚の大作
『ハイドゥナン(上・下)』は、早川書房のSF叢書Jコレクション第三期劈頭を飾る一作。
西暦二〇三二年、未曾有の地殻変動により南西諸島に沈没の危機が迫っていた。危機を国家機密として島民の人命を軽視する政府の対応に憤った南方洋司ら六人の科学者は、独自のISEIC(圏間基層情報雲)理論により地殻変動を食い止めるべく極秘プロジェクトを開始する。一方、共感覚の持ち主である大学生の伊波岳志は、ダイビング中に「たすけて」と呼ぶ若い女の声の幻に悩まされるようになる。同じ頃、与那国島の巫女的存在ムヌチの後間柚は、ダイビング中の若者に救いを求める夢を頻繁に見るようになっていた。与那国で運命的な出会いを果たした二人は、柚の聞く神の声に従い「十四番目の御嶽(ウンガン)」を探し始める。
藤崎慎吾はロマンチストだ。デビュー作『クリスタルサイレンス』も、実は壮大なラブストーリーだったし、本書もまた物語の縦糸となるのは気恥ずかしいほどストレートなロマンス。さらに横糸といえるのが、作中の科学者が唱える情報ネットワーク理論で、量子コンピュータ、共感覚、地殻変動、そして神との交信など、それまでに提示された数々のテーマが、この理論によってひとつの壮大なヴィジョンへと収束していくクライマックスは圧巻。万物を理論で解釈するという、まさにSFならではの力業に酔える大作である。
最後に、浅暮三文
『実験小説 ぬ』(光文社文庫)は、絵文字や記号を使うなど大胆な奇想で読ませる短編集。「実験小説」と銘打ってはいるが決してとっつきにくくはなく、軽快な語り口で読みやすい作品ばかりだ。特に前半の実験短編集に佳品が揃っていて、謎めいた「喇叭」、辞書的記述の中に物語が侵入してくる「參」などトリッキーで味わいのある作品が多い。後半の異色掌編集も、人を食ったようなとぼけた味があってうまい。
(C)風野春樹