週刊読書人2005年8月
桜坂洋スラムオンライン(ハヤカワ文庫JA)
ポール・J・マコーリイ4000億の星の群れ(ハヤカワ文庫SF)
ロバート・J・ソウヤーヒューマン―人類―(ハヤカワ文庫SF)

スラムオンライン 少年犯罪が起きるたびに、テレビのコメンテーターは、リアルな経験の大切さなどとお題目のように口にするものだけれども、現実はリアルでゲームはヴァーチャルなどと、何のためらいもなく言い切れる人は、まずはこの小説を読んでほしい。ライトノベル出身の作家、桜坂洋のスラムオンラインである。坂上悦郎はオンライン対戦格闘ゲーム〈バーサス・タウン〉の中ではカラテ使い・テツオとして格闘大会の優勝候補にもなるほどの強豪だが、現実世界でははやくもドロップアウトしそうな大学一年生。大学では不思議な雰囲気を持った布美子という女性と知り合うが、二人の仲はこれといって進展するわけでもなく、悦郎は無敵と噂される辻斬りジャックの探索に明け暮れている。
 この作品のおもしろさは、リアルとヴァーチャルをまったく等価なものとして描いていること。布美子との出会いはゲーム世界でのテツオの変化につながるし、逆にゲーム世界でのできごとが悦郎の現実での成長につながったりもする。リアルとヴァーチャルをことさらに区別することのないこの感覚が新しい。ここに描かれているのは、オンラインゲームやインターネットが浸透したこの世界に出現した、新しい形の「リアル」だ。作者は、現在のほんの少しだけ先にある未来の「リアル」をみごとにすくい取っている。

4000億の星の群れ さて続いては海外の作品から。サイバーパンク以後の英語圏のSFで元気なのがイギリス、オーストラリア、カナダなどアメリカ以外の作家たち。中でもイギリスでは、九〇年代以降ニュー・スペース・オペラまたはラディカル・ハードSFと呼ばれる流れが湧き起こり、かつてのスペース・オペラを思わせる広大な宇宙を舞台にした大がかりな物語が、よりソフィスティケートされた形で復活している。こうしたイギリス作家の作品は、これまでスティーヴン・バクスター以外は日本にはあまり紹介されてこなかったが、ようやく少しずつ翻訳が進みつつあるところ。そして、ニュー・スペース・オペラの代表的な作家の一人がポール・J・マコーリイであり、4000億の星の群れは一九八八年に書かれたデビュー作である。
 舞台は、人類が銀河系に進出し、謎の異星人と交戦状態にある遥か未来。テレパシー能力を持つ天文学者のドーシー・ヨシダは、強大な科学力で改造された惑星プスルスンに派遣される。その惑星には家畜を育てて食用にし、簡単な道具と火を使う「牧夫」と呼ばれる直立歩行生物が生息していた。研究者のリーダーであるアンドルーズは、この牧夫が敵の退化した姿でありこの惑星には敵の秘密が隠されていると主張するが……。
 デビュー作だけあっていささか荒削りなところもあるが、魅力的な謎と明快なストーリーで読ませる気宇壮大な宇宙SFである。

4000億の星の群れ 最後にお薦めするのは、カナダの作家ロバート・J・ソウヤーのヒューマン―人類―。知性を獲得したネアンデルタール人が文明を築いた並行宇宙と人類の宇宙との交流を描いた〈ネアンデルタール・パララックス〉三部作の第二部で、『ホミニッド―原人―』の続編にあたる作品である。宗教を持たず、徹底的な行動監視にもとづく非暴力社会を築き上げたネアンデルタール人の文明と、好戦的だがプライバシーを重視する人類文明という一長一短のある二つの文明の対比が読みどころ。小説巧者の作者だけあって読みやすさは抜群。十月刊の第三部ではこの作者らしい大ネタにも期待できそう。


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