週刊読書人2005年7月
●吉村萬壱
『バースト・ゾーン―爆裂地区』(早川書房)
●機本伸司
『僕たちの終末』(角川春樹事務所)
●谷甲州
『星空の二人』(ハヤカワ文庫JA)
『
ハリガネムシ』で芥川賞を受賞した吉村萬壱の新作書き下ろし長篇が、
『バースト・ゾーン―爆裂地区』(早川書房)。デビュー作『
クチュクチュバーン』に比べ、SFファンには『ハリガネムシ』は不評だったが、『バースト・ゾーン』は、SFファンも文学ファンも満足させる大傑作だ。
テロリンと呼ばれる姿の見えないテロリストの襲撃により疲弊した近未来日本。ラジオからは国威発揚のメッセージが流れ、少しでもテロリンの疑いをかけられたものは容赦なくリンチを受けて殺される。荒廃した近未来日本を描いた作品は最近の日本SFではむしろありふれているほどだが、本書は舞台が大陸へと移る第二章からの展開が凄い。「地区」と呼ばれるテロリンの本拠地があり、未知のエネルギー「神充」をめぐる攻防戦が行われているという大陸。そこは異様な生物が跋扈し、人間性を捨てなければ生き残れない苛烈な土地であった。それぞれの思惑を持って大陸に渡った登場人物たちは過酷な遍歴を重ね、ついに想像を絶する真実を目にする。
『クチュクチュバーン』では、人間性を自ら捨てた人間たちの目を覆うような姿が馬鹿馬鹿しくも容赦なく描かれていたが、そのヴィジョンをさらに深化させたのがこの作品。人間を人間たらしめている人間性や生きる意味、尊厳、物語といったものをすべてはぎとった人間の姿が、さまざまな角度から冷徹に、しかも美しく描かれる。人間の本質について深く考えさせられる小説であり、紛れもなく今年の日本SFの収穫の一つだ。
続いて、機本伸司
『僕たちの終末』(角川春樹事務所)は、小松左京賞を受賞した作者の長篇第三作。『
神様のパズル』では「宇宙の作り方」、『
メシアの処方箋』では「救世主の作り方」というハードなテーマを、あくまでポップなタッチで描いて見せた作者が今回テーマにしたのは「宇宙船の作り方」。太陽の異常活動により絶滅の危機を迎えた人類。どうせ滅びるなら、いっそ民間で恒星間宇宙船を造って地球を脱出してしまえ、という一人の夢想家のアイディアから始まる、実に気宇壮大な物語である。宇宙や救世主に比べて宇宙船建造は簡単そうにみえるが、もちろん一筋縄ではいかない。建造費用をどうやって集めるのか。乗船権はどうやって決めるのか。エンジンや居住区の設計はどうするか。こうした細々とした現実的な問題について徹底的に議論が戦わされ、最初はとうてい実現不可能に思えた計画があれよあれよと進んでいく展開は、魅力的なキャラクターとも相まって実に爽快。前二作同様、ハードSF的なテーマは最後には人の心の内面の問題へとつながっていくが、これは読者によって好みが別れるところだろう。読みやすく、しかも心地よい読後感を味わえる秀作である。
最後に、谷甲州の
『星空の二人』(ハヤカワ文庫JA)を紹介しよう。宇宙で活躍するプロたちを主人公にした作品や、宇宙論を題材にした作品などの本格宇宙SFを集めた短篇集である。小松左京、光瀬龍ら第一世代SF作家の活躍していた時代には、SF小説の王道といえばこういう作品だったのだが、最近はめっきり少なくなったタイプの短篇集である。表題作のようなロマンティックな作品から、『SFバカ本』掲載作に至るまでバラエティに富み、しかも一本筋の通った宇宙SFの数々が楽しめる。
(C)風野春樹