週刊読書人2005年6月
照下土竜ゴーディーサンディー(徳間書店)
森岡浩之優しい煉獄(トクマノベルズEdge)
ジョージ・R・R・マーティンタフの方舟1 禍つ星(ハヤカワ文庫SF)

ゴーディーサンディー 文学の世界では、若い作家が次々と主要な賞を受賞をして話題をさらっているが、SF界でも冲方丁、小川一水をはじめとする新世代作家の活躍が目立ち、着実に世代交替が進んでいる。そして第六回日本SF新人賞を受賞した照下土竜も二二歳。受賞作のゴーディーサンディー(徳間書店)は、いたるところに張りめぐらされた「千手観音」と呼ばれる監視システムにより、従来型の犯罪が完全に抑制され、新型犯罪として、人体内に仕込んだ擬態内臓による爆弾テロが頻発する近未来日本を舞台にした物語だ。大学医学部を卒業して警察の爆発物対策班に所属する語り手の心経初の任務は擬態内臓を持つ人間を生きたまま解体すること。まるでマイケル・ブラムラインの『器官切除』を思わせるような悪趣味でスプラッタな奇想だが、あくまでそれは背景であり、語られるのは主人公の虚無的な心象風景と、気恥ずかしいほどにストレートなボーイ・ミーツ・ガールの物語。このミスマッチさは従来のSFの感覚からは出てこない。しかも、それが全編にわたって一人称代名詞を排した特異な文体で綴られる。小説としては決して完成度が高いとはいえないが、いかにも若い作者らしい奇妙な熱気の感じられる小説である。

優しい煉獄 続いて、トクマノベルズ内に新しく創刊されたヤングアダルト向け新シリーズEdgeからは、『星界の紋章』シリーズで知られる森岡浩之のSFハードボイルド優しい煉獄が登場。死者の人格をシミュレートした仮想空間内で私立探偵を営む主人公の物語である。ヴァーチャル・リアリティを扱ったSFは山ほどあるが、本書は古典的な仮想空間SFの骨格に、MMORPG(大規模オンラインRPG)の要素を注ぎ込んだ新感覚のヴァーチャル・リアリティSF。MMORPGを体験したことのある人ならにやりとする描写が、物語のあちこちにちりばめられている。たとえば、登場人物たちは自分のいる場所が仮想世界であることを知っているのだが、それをあからさまに口にすると「雰囲気を壊すな」とたしなめられる。ロールプレイが重要なのである。さらに、今まではいつまでも冷めなかったコーヒーが今朝から冷めるようになるなど、世界のルール自体がだんだん変化してしていくし、最後には大規模なバージョンアップが行われてプレイヤー同士の戦闘(PvP)まで導入され、世界のルールが大幅に変わってしまう。今までの仮想空間SFではほとんど見られなかったゲーム的な描写が新鮮な作品だ。

タフの方舟1 禍つ星 最後に、海外作品からはジョージ・R・R・マーティンタフの方舟1 禍つ星(ハヤカワ文庫SF)を紹介しよう。大河ファンタジー『氷と炎の歌』シリーズで世界的な人気を博している作者が1980年代に発表した連作スペースオペラ短篇集で、主人公は古代の生物戦争用胚種船「方舟」号を駆る宇宙商人ハヴィランド・タフ。顔は真っ白で無表情、身体はでっぷりと太ったタフは、馬鹿丁寧で慇懃無礼、でも生真面目で誠実、そして大の猫好きという、およそ冒険SFの主人公にはなりそうにない不活発な人物なのだが、作者の魔術的なストーリーテリングは冴えに冴え、魅力的なサブキャラクターとともに痛快な冒険活劇を繰り広げることになる。とにかく面白い娯楽SFはないか、と訊かれたら迷わず本書を御勧めしたい。第2巻『天の果実』も一緒にどうぞ。

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