週刊読書人2005年4月
山田正紀神狩り2 リッパー(徳間書店)
平谷美樹黄金の門(角川春樹事務所)
ロバート・J・ソウヤーホミニッド-原人(ハヤカワ文庫SF)

 「SF作家なるものは、なんらかの形で一度は神と対決しなくてはならない。対峙するのではなく、対決するのである」と、二〇〇三年十二月十二日号の本欄で冬樹蛉氏が書いてとおり、「神」はSFの窮極のテーマといっていい。ただし、キリスト教圏の作家からは、神と対決し渡り合うなどという発想はなかなか出てこないようで、小松左京『果しなき流れの果に』から山本弘『神は沈黙せず』まで、神との対決をテーマにしたSFの名作は日本SFに集中している。蛮勇といえばこれほどの蛮勇はないわけだけれども、唯一神という輸入概念への疑念と違和感が、日本のSF作家たちに執拗に神と対決する物語を書かせてきたともいえるだろう。

神狩り2 リッパー さて、山田正紀のデビュー作である『神狩り』は神との対決を描いたSFの古典的名作だが、その三〇年ぶりの続編が神狩り2 リッパー(徳間書店)。羽田空港に降り立ち管制塔をなぎ倒す巨大な天使。一九三三年ドイツで死の天使イズラーエールと出会った総統と哲学者。そして『神狩り』の主人公だった島津圭介はすでに老残の身となっている二〇××年、人間には認識することのできない「隠れた神」との戦いが再び幕を開ける。とにかく複雑極まりない迷宮のような物語で、ひとことで説明できるような作品ではない。過剰なまでの衒学的知識と、主観と客観をないまぜにした熱っぽい文体により、妄想と啓示的ヴィジョンで形作られた異形の大伽藍が立ち上がっていくさまは、まさに山田マジック。青春の若い熱気にあふれていた『神狩り』から三〇年を経た作者の、円熟の技が堪能できる新たな傑作である。

黄金の門 続いて、デビュー以来、「神」を最大のテーマにしてきた平谷美樹の黄金の門(角川春樹事務所)は、第一回小松左京賞受賞作『エリ・エリ』の前日譚であるとともに、デビュー作『エンデュミオン エンデュミオン』とも関連の深い作品。二一世紀初頭、放浪の旅の果てに、紛争とテロの渦中にあるエルサレムにたどりついた日本人の若者ノブサン。彼の前に、ヨシュアと名乗る大人びた少年が現れる。ヨシュアは既存の宗教を超えた教義を説き、新たな救世主として人々の崇拝を集めていた。一方、ノブサンは遺跡掘りのアルバイト中に、古い石板を掘り出し、イエス誕生の場面を幻視。そしてその石板をめぐってバチカン、モサド、米軍が暗躍を始める……。作者は決して器用に物語を紡ぐタイプの作家ではなく、九・一一後の世界情勢を背景に、類型的日本人である無宗教の若者を主人公に配したこの物語においても、作者ははったりもけれんも持ち込むことなく、愚直なほどにまっすぐな筆致で「神」という存在に迫ろうとしている。

ホミニッド-原人 最後に、ロバート・J・ソウヤーホミニッド-原人(ハヤカワ文庫SF)は、クロマニヨン人が滅びネアンデルタール人が文明を築いた並行世界から、こちらの世界にスリップしてきたネアンデルタール人物理学者の物語。読みどころは人類の文化とはまったく異なったネアンデルタール人社会の描写で、平和主義で争いがない反面、性と暴力が厳しく管理され、暴力的な遺伝子を残さないために兄弟や子供に至るまで断種が強制されるなど、異質な社会システムが細かく設定されている。健全な相対主義を旨とする、いかにもSFらしいSFといえよう。三部作の第一部であり、続巻が期待される。

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