週刊読書人2005年3月
●マンリー・ウェイド・ウェルマン
『ルネサンスへ飛んだ男』(扶桑社ミステリー)
●フィリップ・K・ディック
『ドクター・ブラッドマネー―博士の血の贖い―』(創元SF文庫)
●浅暮三文
『悪夢はダブルでやってくる』(小学館)
このところの翻訳SF界でのブームといえば、ヴィンテージSFの発掘。《未来の文学》(国書刊行会)や《奇想コレクション》(河出書房新社)などの叢書から、いままで未訳だった秀作や日本オリジナル編集の短篇集が次々と刊行されているほか、東京創元社からは往年のスペースオペラが復刊され、今年からはハヤカワ文庫でも名作の再発が始まっている。その分、最新の海外SFが割を食って紹介されにくくなっている感があるのは確かだが、良質の作品が次々と刊行されていることは素直に喜びたい。
そんなヴィンテージSFブームの中でも意外な掘り出し物といえるのが、マンリー・ウェイド・ウェルマン
『ルネサンスへ飛んだ男』(扶桑社ミステリー)。ウェルマンは主に一九三〇〜五〇年代にかけてSF/ホラーのパルプ雑誌に大量の短篇を発表した作家だが、さほど有名な作家とはいえず、邦訳はわずか三冊だけ。本書は、ウェルマンが一九四〇年に発表した「幻の代表作」である。離れた時代に人間を投影する“時間反射機”を発明した青年レオ。自ら実験台となってルネサンス期のフィレンツェへ飛んだレオは、未来の科学知識と卓抜な画力で時の権力者メディチ家に取り入っていく。しかし、密かに狡猾な妖術師がレオを利用して政権転覆の陰謀を巡らしていたのだった。オチについてはたいがいの読者に予想がついてしまうと思われ、どんでん返しとして機能していないのが惜しまれるが、華やかなフィレンツェの風景と綺羅星のごとき著名人たちを背景にした波瀾万丈の冒険物語は、今読んでも充分に楽しめる。本書に傾けた訳者の並々ならぬ情熱がうかがわれるあとがきや巻末付録も読み所。
続いて、フィリップ・K・ディック
『ドクター・ブラッドマネー―博士の血の贖い―』(創元SF文庫)もまた、一九六五年に発表されたヴィンテージSF。かつてサンリオSF文庫から出ていた作品の新訳再刊である。ディック作品といえば悪夢のような現実崩壊感覚とサスペンス――そしてときとして破綻したプロット――がトレードマークだが、本書はひと味もふた味も違う。核戦争後のアメリカ西海岸の小さな町で身を寄せ合って暮らすのは、かつて核実験に失敗して大事故を起こし狂気に陥った元物理学者、超能力を持つ肢体不自由者の修理工、双子の弟を体内に宿す少女、心のバランスを崩し行きずりの情事を繰り返す校長夫人などなど。世界の人々を結びつけるのは、戦争直前に打ち上げられ、火星へと向かうはずが地球を回り続ける衛星となったロケットにたった一人取り残された男が送り続ける放送のみ。ディックは、いずれも心か体のどこかに歪みを持つ人々の肖像を「意識の流れ」的な手法も用いながら淡々と描いていく。いかにもディックらしいサスペンスやキッチュなガジェットはここでは封印され、けれんのない静かな物語は最後まで破綻せず間然とするところがない。当時の冷戦と核戦争への恐怖を色濃く反映した異色作であり、ディックの新たな一面を発見できる傑作である。
最後に、国内作品からは浅暮三文の
『悪夢はダブルでやってくる』(小学館)を紹介しておこう。全編にわたって二人称が使われ、途中で作者自身が登場して主人公とからんだり、各章末尾の引きにも趣向が凝らされていたりするなど、作者らしいユニークな実験的な手法を使いながらも、軽妙なテイストで読ませるコミック・ファンタジーだ。
(C)風野春樹