週刊読書人2005年2月
●三崎亜記
『となり町戦争』(集英社)
●森見登美彦
『四畳半神話大系』(太田出版)
●谷甲州
『パンドラ (上)・(下)』(早川書房)
考えてみれば「SF」というのはなんとも不思議なジャンルで、これほど境界がはっきりしない小説ジャンルというのも珍しい。たとえば早川書房のSF叢書〈Jコレクション〉からは深堀骨『
アマチャ・ズルチャ 柴刈天神前風土記』、佐藤哲也『
妻の帝国』など、SFといいう冠を外し、「文学」として世に問うてもまったく違和感のない作品がいくつも刊行されているし、SFと銘打たずに文学として発表された作品の中にも、SFとして評価できる作品は多い。非リアリズムとロジックとを特徴とするSFの手法はすでに一般化し、すでにジャンルSFだけの専売品ではなくなってきているのだ。コアなSF小説自体の人気は残念ながら低落傾向にあるが、SF的な発想を取り入れた小説はむしろ増えているといえよう。そして、今後はますますこうした傾向に拍車がかかり、SFはジャンルというよりはむしろ小説手法のひとつになっていくのかもしれない。
五木寛之、井上ひさしに絶賛されてすばる文学新人賞を受賞した三崎亜記
『となり町戦争』(集英社)もそうした作品のひとつ。町役場が公共事業として粛々と遂行する、となり町との戦争。戦争の気配はどこにも感じられないが、町報の片隅には転出・転入者とともに戦死者数が小さく載っている。役場からの通知に応じて特に考えなしに偵察業務についた主人公は、「戦争のリアルさ」が感じられないままに、いつしか深くとなり町との戦争に関わることになっていく。筒井康隆+永井豪の伝説的傑作『三丁目が戦争です』をはじめ、SFには不条理な戦争を描いた作品は多いが、この作品はその最新の成功例。SFの手法を用いることにより、目に見えないままに静かに迫ってくる、現代の「戦争」の不穏な手ざわりを描き出すことに成功している。
続いて『太陽の塔』でファンタジーノベル大賞を受賞した森見登美彦の受賞第一作
『四畳半神話大系』(太田出版)もまた境界作品。京都のボロアパートでひねくれた青春を送る男子大学生の超現実的な日常を、韜晦に韜晦を重ねた文体で描く抱腹絶倒の物語である。とはいってもただの青春小説ではなく、四つの章で四通りの、似たようでいて少しずつ異なった、でもやっぱり同じ悪友とつきあい、同じように身を持ち崩している主人公の可能世界が描かれるという趣向。単なる並行宇宙ではなく、四つの世界がさまざまな箇所で微妙にからみあい、そして最後には怒濤のような結末を迎えるのが読みどころ。すぐれて知的で完成度の高いエンタテインメントだ。
最後に、いかにもSFらしいど真ん中のジャンルSFを紹介しよう。SFのほか、山岳冒険小説、架空戦記などさまざまなジャンルで活躍する谷甲州の久々のハードSF大作
『パンドラ (上)・(下)』(早川書房)だ。動物生態学者の朝倉は、ヒマラヤで常識を超えた知能を備えた渡り鳥の群れを観察、さらにマレーシアでも人間の村を襲う猿を目撃する。一方、宇宙飛行士の辻井汐美は、通信が途絶えた国際宇宙ステーションで、何者かに腹部をえぐりとられた乗員たちの死体を発見する。地球に降り注いだ流星雨をきっかけにした動物たちの異常行動は、やがて人類の存亡の危機へと発展していく……。古典SFを思わせる導入部から始まって、国際宇宙ステーションでのSFホラー、熱帯雨林を舞台にした冒険小説、軌道上で展開する国際政治サスペンス、ファーストコンタクトを描く本格SFと、次々とスタイルを変えつつ普通のSF数冊分くらいのネタを詰め込んだ超大作である。
(C)風野春樹