週刊読書人2004年11月
梶尾真治未来あしたのおもいで(光文社文庫)
石田衣良ブルータワー(徳間書店)
清水義範イマジン(集英社)

未来(あした)のおもいで タイムトラベルには、純愛がよく似合う。ネイサン「ジェニーの肖像」からヤング「たんぽぽ娘」、小林泰三「海を見る人」に至るまで、時間SFには、時の壁に隔てられた恋人たちを描くラブストーリーの名品が多い。現代を舞台にするとどうも嘘っぽく感じられる純愛や運命の恋も、SFやファンタジーという衣に包めば説得力を失わずに語ることができる。そして、数多くの時間ロマンスを送り出してきた時間SFの名手といえば梶尾真治。未来あしたのおもいで(光文社文庫)は、その書下ろし新作長編である。山歩きの途中、洞窟の中で雨宿りをしていた滝水浩一は、沙穂流という名の美しい女性と出会う。つかの間の出会いだったが滝水に深い印象を残した沙穂流。置き忘れた手帳をたよりに彼女の家を訪ねた滝水は、彼女がまだこの世に誕生していない存在だということを知る……。長編としては少し短めだし、二人の性格もずいぶんと古風だが、タイムトラベル・ロマンスのお手本のように整った小説である。この作品が気に入ったら、『美亜へ贈る真珠』『クロノス・ジョウンターの伝説』など、作者の他の作品にも手を伸ばしてみてほしい。

ブルータワー とはいえ、現代は純愛を語るのにファンタジーの衣など必要としない時代である。SF特有の斜に構えた態度は嫌われ、『世界の中心で、愛をさけぶ』(タイトルがSFの引用なのが象徴的だ)のように、ストレートすぎるほどの純愛ものがあふれている。そんな時代に刊行された石田衣良初のSF長編ブルータワー(徳間書店)は、現代におけるSFの意義について考えさせられる作品である。脳腫瘍で余命幾ばくもないサラリーマンである主人公が、意識だけ二百年後の世界へタイムスリップ。伝説の救世主として大活躍し、女の子にはモテモテ、崩壊寸前の世界を救ってしまうという、往年のスペースオペラもかくやというほど、ストレートな願望充足的冒険SFなのである。おそらくSFを読みなれた読者ほどこの小説を笑うだろう。これほど臆面もない小説を真正面から書くことは、現代のSF作家にはとてもできない。スペースオペラにオマージュを捧げるにしても、SF作家ならパロディ仕立てにするとか、科学的ディテールにこだわってみせるとか、ひとひねりを加えてみせるだろう。しかし石田衣良は、昔のスペースオペラをそのまま現代に再現することを選んだ。これは、確かにチープでご都合主義的な小説である。しかし、SFがいつの間にか失ったプリミティヴな力を、もう一度呼び覚ました作品だということも確かなのである。

イマジン さて、冒頭で「タイムトラベルには純愛がよく似合う」と書いたが、ここ数年、時間ロマンスを押しのけてにわかに増えてきているのが、東野圭吾『トキオ』、池井戸潤『BT’63』、重松清『流星ワゴン』など、時間SFの手法を使って親子の絆を描いた小説である。そして、清水義範イマジン(集英社)もまた、その系譜に連なる作品である。IT企業の社長である父に反感を抱く二十歳の青年が、一九八〇年の世界にタイムスリップして若き日の父と対面、父親とともにジョン・レノンを暗殺から救おうとする物語である。父の生きた時代をなぞり、父との絆を再確認しようというのは、価値基準があいまいな時代の反映だろうか。気になるのは、どの作品でも、描かれるのは必ず父と息子の絆であり、母親の存在がきわめて希薄だということ。これらの作品が時代を映す鏡だとしたら、これはいったい何を意味しているのだろうか。


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