週刊読書人2004年10月
●飛浩隆
『象られた力』(ハヤカワ文庫JA)
●仁木稔
『グアルディア』(早川書房)
●山本弘
『審判の日』(角川書店)
「SFは絵だねえ」という有名な言葉があるが、絶対に映像化不可能な光景を、脳内でしっかりと絵にして見せてくれるのも活字SFの醍醐味のひとつ。飛浩隆の中短篇集
『象られた力』(ハヤカワ文庫JA)はまさに、その好例といえるだろう。謎の消滅を遂げた惑星〈
百合洋〉では、人の感情に直接作用する力を持った「図形言語」が発達していた。その「図形言語」のもたらす世界認識の変革と恐るべき災厄を描いた表題作。双子の天才ピアニストが奏でる、記憶と感情を喚起する音楽が招く悲劇を描いた「デュオ」。繰り返されるのは、人のこころに直接アクセスする音楽や図像、そして肉体の死を超えてなお情報の中に存在する生命、といったモチーフである。今まで見えていた図と地ががらりと反転する作品が多いのも特徴で、視覚的なイメージ喚起力にすぐれた詩的な文章で語られる世界の崩壊は蠱惑的なまでに美しい。作者は九二年の「デュオ」を最後に商業誌から姿を消していたが、〇二年の長篇『
グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉』で十年ぶりに復活。本書に収められているのは十年以上前に書かれた中短篇ばかり(加筆はされている)だが、その作品はまったく古びていない上、昨年度の話題作であるテッド・チャンの「理解」や「あなたの人生の物語」といった作品とも共通したヴィジョンをいちはやく描いていたのには驚かされる。本年度の必読書のひとつ。
新人作家、仁木稔の
『グアルディア』(早川書房)は、ウィルスの蔓延により荒廃し、変異体と化した人間たちの住む二七世紀の中南米を舞台にした物語。巨大コンピュータ〈サンティアゴ〉の生体端末であり、何度も生と死を繰り返すアンヘル、不老長生のメトセラでありアンヘルに付き従うホアキン、超人的な戦闘能力を持つ旅人JDとその娘カルラといった人物たちが織りなす、頽廃の香り高い愛憎劇である。この一作の中に書きたいことをすべて詰め込んでしまったためか、脇筋が煩雑すぎて本筋がつかみづらいきらいがあるし、文章もいささか生硬で読みにくいなど欠点も多い小説であるが、ウルトラバロックの教会建築を思わせる混沌とした極彩色の世界は圧倒的だし、それぞれに過剰さを背負った登場人物たちにも異様な魅力がある。デビュー作にはその作家のすべてがあるというが、まさにこの作品は、作者のすべてを叩き込んだ、熱気あふれる力作である。
と学会会長としても知られる山本弘の
『審判の日』(角川書店)は、書き下ろし短篇四篇に、SFマガジンに掲載された一篇を加えた短篇集。「時分割の地獄」以外はホラー色の強い、それも古典的なSFホラーの香りのする作品が収められている。「時分割の地獄」は、AIの心の実在を認めない司会者と、彼に殺意を抱いているヴァーチャル・アイドルとの対話を通して、心とは何か、という問題を丹念に考察した仮想現実SFの秀作。表題作「審判の日」は、ほとんどの人間が消失してしまった世界に残された女子高生と少年の精神的な成長を描いた物語。「屋上にいるもの」では、雨の夜に屋上から聞こえる奇妙な音に疑問を抱いたマンション住人が真相を探るうちに恐怖に遭遇する。どの作品も、テーマ自体は古くからあるものながら、そこに一ひねりが加えられていて、普通にホラー短篇としてもよくできているが、作者の愛好するヴィンテージSFへのオマージュとしても楽しめる作品集である。
(C)風野春樹