週刊読書人2004年9月
●ジーン・ウルフ
『ケルベロス第五の首』(国書刊行会)
●北野勇作
『人面町四丁目』(角川ホラー文庫)
●マイク・アシュリー
『SF雑誌の歴史 パルプマガジンの饗宴』(東京創元社)
今月は、まずジーン・ウルフ
『ケルベロス第五の首』(国書刊行会)から。ジーン・ウルフは、そのあまりに技巧的な作風が災いしてか、日本ではいまだにほとんど紹介されていないが、間違いなく一九七〇年代を代表するSF作家のひとり。そして、一九七二年に書かれた本書は、彼の実質的なデビュー作にあたる。物語の舞台は、サント・クロアとサント・アンヌという二重惑星。そこに住んでいた原住民族は、移住してきた人類に絶滅させられたと伝えられているが、いっぷう変わった異説を唱える者もいる。その説によれば、自由に姿を変える能力を持つ原住民たちは人類を皆殺しにし、人間に姿を変えてとってかわったのだという。彼らは自分の素性を忘れてしまい、自分たちが人間だと思い込んでいるのだ……。こうした基本設定の下で語られる三つの中篇。ひとつはサント・クロアの名士の館に生まれた少年の回想記、もうひとつは地球からやってきた人類学者が採集したサント・アンヌ原住民の民話、最後はカフカ的な不条理のもとで捕らえられた囚人の日誌や証言記録の断片。各編は独立しているが、最後まで読めば、それぞれの物語が微妙に絡み合いながら大きな物語を形作っていることがわかってくるという仕掛けである。とかく難解だという世評の高い作品だし、特に第二部などは初読では何が書いてあるかすら理解することは困難のだけれど、本格ミステリを読むように注意深く読めば、比較的容易に真相にはたどり着けるはず。ただ、本書の場合本格ミステリとは違って、ある真相に気づいても、さらに深く深く何層にもわたる謎が横たわっているのだが……。できれば、この作品は何度も再読してほしい。そのたびに気づくことがあるはずだ。しかし、そのたびに混迷もまた深まり、何回読み返したとしても、決して真相がひとつに定まることはないのだけれど。これは、物語の形をした迷宮なのである。
そして、そのジーン・ウルフ作品にも通じるアイデンティティの揺らぎを常に描き続ける日本作家が、北野勇作である。
『人面町四丁目』(角川ホラー文庫)は、かつて人面を生産していた工場がたくさんあったという「人面町」に住むことになった小説家の奇妙な日常を描いた連作短篇集。人面とは何かもよくわからないし、小説家が「人面町」で遭遇する怪異もなんともつかみどころがないのだけれど、そのつかみどころのなさやアイデンティティの揺らぎさえもがなんとも心地よくて懐かしく、アイデンティティなどという借り物の概念にしがみついていたことが馬鹿馬鹿しくさえ思えてくるのである。
最後に、ノンフィクション作品を紹介しよう。SF研究家であるマイク・アシュリーが執筆したSF雑誌の通史
『SF雑誌の歴史 パルプマガジンの饗宴』(東京創元社)である。パルプマガジンというのは、質の悪いザラ紙に刷られ、扇情的な表紙で飾られた大衆娯楽読物雑誌のこと。SFという言葉の生みの親であるヒューゴー・ガーンズバックが「アメージング・ストーリーズ」を創刊した二〇年代から、レンズマンやキャプテン・フューチャーなどのヒーローたちが活躍した三〇年代、原子力の影がかかる四〇年代から五〇年代に至るまでのSFパルプマガジンの歴史を、編集者や作家たちの人間くさいエピソードもまじえながら事細かに描いたのがこの本。正直言って初心者向けとは言い難いが、SF史の基本図書として、アメリカの大衆文化に興味のある人なら必読の労作である。
(C)風野春樹