週刊読書人2004年6月
●神林長平
『膚の下』(早川書房)
●森奈津子
『からくりアンモラル』(早川書房)
●エドモンド・ハミルトン
『フェッセンデンの宇宙』(河出書房新社)
デビュー以来SFだけを書き続けているため、SFファン以外にはその凄さがあまり知られていないのが残念なのだけれども、神林長平は間違いなく日本SF界を代表する作家である。その作風はエンタテインメント性と思索性を兼ね備え、SF小説というかたちで人間と機械、人間と言語、そして自己と他者の関係を考察し続けている。その神林長平のひとつの到達点である大作が
『膚の下』(早川書房)である。作者のライフワークである火星三部作の完結編にあたり、デビュー長篇である第一部『
あなたの魂に安らぎあれ』以来なんと二二年ぶりの完結ということになる。
主人公慧慈軍曹はアートルーパー。荒廃した地球を離れ、火星での二五〇年の凍眠を選択した人類に代わり、地球を復興させるために造られたアンドロイドである。しかし、叛乱グループの人間との戦闘を経験した慧慈は、アートルーパーとしての自分の存在意義に疑問を感じ始める。人間に創られた存在であるアートルーパーは、何を創ることができるのか。さまざまな思想の人間との出会い、まったく違う世界観を持つ機械人アミシャダイとの対話、そして同じアートルーパーの仲間たちとの交流によって、慧慈は魂の成長を重ね、やがて人間にも機械人にも創り得ない独自の地球再生計画を完成させる……。
枚数的にも内容的にもまさに重量級。文学にはさまざまな対話や経験により精神の彷徨を重ねる主人公を描いた遍歴小説という分野があるが、この作品はさしづめ神林版『魔の山』とでもいうべき正統的な遍歴小説になっている。己とは何か。神とは何か。どう生きるべきか。このごろの文学では小さな物語ばかりが主流で、世界や人間存在を問いかける大きな物語は流行らないが、神林長平の作品は大きな物語の正統な後継者なのである。
続いて、森奈津子
『からくりアンモラル』(早川書房)は、インモラル(不道徳)ではなく、アンモラル(超道徳)だというところがミソ。早熟な少女とロボットのセクシャルな関係を描いた表題作や、タイムトラベルして自分を愛する少女を描いた「あたしを愛したあたしたち」など、性愛をテーマに既成のモラルを軽々と飛び越えてみせる短篇集である。空想的な設定を使って私たちが当たり前だと思っている制度の枠組みをぐらつかせてみせるのがSFの面白さ。まさしくそんな本格SFの醍醐味を味わわせてくれる作品集である。
最後に、中村融編訳によるエドモンド・ハミルトンの短篇集
『フェッセンデンの宇宙』(河出書房新社)を紹介しよう。三〇代くらいの人であれば、かつてNHKで放映されていた〈キャプテン・フューチャー〉というアニメを覚えている人も多いだろう。その原作者がハミルトンである。通俗的なスペース・オペラの書き手として片づけられがちな作家だが、実はハミルトンは短篇の名手というもう一つの顔を持っている。本書は、実験室で宇宙を創造してしまった科学者を描いた有名な表題作から、ロマンティックな秘境小説、情感あふれる寓意的なファンタジー、苦い後味のアンチ・スペース・オペラ、切れ味鋭いショートショート、メタフィクション的な仕掛けのある作品まで、今まであまり知られていなかったハミルトンの短篇の多彩な広がりを、絶妙のセレクションで紹介した好アンソロジーだ。ちょうど今年はハミルトンの生誕百年。入手困難だった〈キャプテン・フューチャー〉シリーズも近く創元SF文庫から復刊されるので、そちらも併せてどうぞ。
(C)風野春樹