週刊読書人2004年4月
●テリー・ビッスン
『ふたりジャネット』(河出書房新社)
●鈴木いづみ
『鈴木いづみセカンド・コレクション〈2〉 SF集 ぜったい退屈』(文遊社)
●山田正紀
『イノセンス After the Long Goodbye』(徳間書店)
●吉川良太郎
『ギャングスターウォーカーズ』(光文社カッパ・ノベルス)
優れた編者が、優れた作家の短篇集を編んでいるのだからおもしろくならないはずがない。良質な短篇集を次々と送り届ける河出書房新社の奇想コレクションから、今月はテリー・ビッスンの
『ふたりジャネット』が登場。ビッスンといえば、当代SF界きっての短篇の名手で、その作風は、SFといって普通思い浮かぶようなスタイルとは正反対で、むしろアメリカ南部のホラ話風の、ユーモラスで奇妙な味わいが特徴。中でもビッスンの味がよく出ているのが「英国航行中」で、イギリスが島ごと移動を始めるという異常事態を背景に、孤独な老人の肖像を淡々と描いた味わい深い作品。こんなふうに、イギリスが動き出したり、熊が火を発見したり、家のドアが月につながったりと、とんでもないことが起きていてもことさらに騒ぎ立てることなくあっさりと物語るのがビッスンの真骨頂。そこが逆になんともおかしく、そしてしみじみと懐かしい。SFをあまり読まない読者にもぜひ読んでほしい名品揃いの短篇集である。
『鈴木いづみセカンド・コレクション〈2〉 SF集 ぜったい退屈』(文遊社)は、三六歳で自殺した異色作家が、一九七六年から一九八四年にかけてSF専門誌に発表た作品六篇を集めた短篇集(うち四篇が初単行本化)。SF作家には、「SFが書きたい」作家と、「SFの枠組みを利用して何かを表現したい」作家がいるが、鈴木いづみの場合は明らかに後者。収録作のほとんどすべてがジェンダーの問題を扱っており、SFというより鈴木いづみの小説としかいいようがない独特の感性に満ちた作品ばかり。どの作品も、SFの意匠を利用しながら、その当時の「現在」を切り取っており、私小説といっていいほどに私的で感覚的だ。特に遺作となった表題作は、現実感が希薄ですべてに退屈しきった若者たちの生態を描いた、今なお(いや、今だからこそ)新鮮な傑作である。
続いて大ベテラン(といっても生年は鈴木いづみより一つ下)、山田正紀の
『イノセンス After the Long Goodbye』(徳間書店)は、押井守監督の映画『イノセンス』の小説版として発表されたものだが、単純なノヴェライズではなく、前日譚にあたるオリジナル・ストーリー。公安第九課のバトーは、全身のほぼすべてをサイボーグ化した刑事。ある雨の夜、バトーはアンドウという若者と出会い、命を助けられるが、その後アンドウは失踪。バトーの飼い犬のガブもまた、行方不明になってしまう。サイボーグにとって「魂」とは何か。そして人間にとって「魂」とは何であるのか。それは本当に存在するのか。映画を観ていてもいなくても、純粋にSFハードボイルドとして堪能できる作品だ。
最後に、『
ペロー・ザ・キャット全仕事』で日本SF新人賞を受賞して以来、近未来フランスのパレ・フラノを舞台にした作品を書き続けている吉川良太郎の
『ギャングスターウォーカーズ』(光文社カッパ・ノベルス)は、パレ・フラノシリーズと同じ時代の上海を舞台にしたSFノワール。聖ヒラム騎士団、東方協会、〈老蛇聯〉という三つのマフィア組織が微妙な勢力のバランスを取っている近未来の上海に、銀髪の怪人ルーク・ギャングスターウォーカーが帰還、魔都上海はさまざまな陣営が入り乱れる抗争の只中に。複数の陣営が複雑な勢力ゲームを繰り広げる近未来中国を舞台に、魔都と呼ばれた戦前の上海を甦らせてみせた、スノビッシュな快作である。
(C)風野春樹