週刊読書人2004年2月
シオドア・スタージョン不思議のひと触れ(河出書房新社)
森見登美彦太陽の塔(新潮社)
機本伸司メシアの処方箋(角川春樹事務所)

不思議のひと触れ シオドア・スタージョンといえば、一度読んだら忘れられない、甘さと苦さの入り交じった、不思議な味の短篇の名手。主に一九五〇年代、アメリカSFの黄金期に活躍し、SF界の巨匠といってよい作家なのだが、日本では刊行された短篇集は四冊だけ。しかもそのすべてが長いこと入手困難で、容易には読めない状態が続いていた。スタージョンの不遇は本国アメリカでも同じことで、ようやく再評価が始まったのは、スタージョンが世を去った後、全十巻の短篇全集が刊行され始めてからのことである。
 そうした海外での再評価の流れを受けて、日本でも昨年から今年にかけて短篇集『海を失った男』(晶文社)、『不思議のひと触れ』、そして刊行予定の長篇『ヴィーナス・プラスX』(国書刊行会)とスタージョンの作品が続々と新訳で刊行され、簡単に読めるようになったのはうれしい限り。
 今回刊行された不思議のひと触れは、通好みのセレクションだった『海を失った男』に比べ、わかりやすい作品が集められており、スタージョン入門編としても最適な一冊。影と遊ぶことを知っている感受性豊かな少年と、少年を折檻する継母のやりとりを描いた「影よ、影よ、影の国」、奇妙なボーイ・ミーツ・ガールを描いた表題作など、主人公は、どれもごく平凡な(というより、平凡から少しだけ道を外れかけた)市井の人々であるのだけれど、スタージョンの筆はそうした人々の人物像と、彼らに加わる「不思議のひと触れ」を実に鮮やかに描き出している。まさにヴィンテージ・クラシックの名にふさわしい名品の数々が堪能できる、完成度の高い短篇集である。

太陽の塔 続いて、国内作品で強くお薦めしたいのは、第十五回日本ファンタジーノベル大賞を受賞した、森見登美彦太陽の塔。「我々の日常の九〇パーセントは、頭の中で起こっている」というのはこの小説に登場する主人公の友人の台詞だが、まさにこの言葉通り、破天荒なエネルギーに満ちた妄想が爆発する、異色の青春小説である。京都大学五回生(休学中)で、自分を振った彼女の「研究」(と称するストーカー行為)にいそしむ主人公ら、卑しい街を行く孤高のダメ人間たちの日常と妄想が、屈折しまくった文体で描かれる。主人公たち「もてない男」の思考や行動は、確かにエキセントリックなのだけれど、妙なリアルさを備えていておかしい。圧倒的に笑えて、それでいてほろりと心に沁みる作品である。

メシアの処方箋 機本伸司メシアの処方箋は、『神様のパズル』で第三回小松左京賞を受賞した作者の第二作。前作は「学園青春萌え理論物理ハードSF」とでもいうべき不思議な作品だったけれど、今回は正統派SFエンタテインメント……と思いきや、今度もまたそれほど一筋縄でいく作品ではない。ヒマラヤの氷河湖が決壊して浮かび上がった古代の「方舟」。その内部から、謎の蓮華模様が描かれた大量の木簡が発見される。どうやら模様は何者かの遺伝情報であり、それを再現すれば、「救世主」にまつわる太古の秘められたメッセージが明らかになる……。ただ、知りたいからというだけの理由で、法律も倫理も踏み越えて突き進む主人公たちの行動はきわめて過激で、軽快なエンタテインメントでありながら、生命倫理にまつわる危険な毒をはらんだ物語としても読めるのがおもしろい。


[書評目次に戻る][トップに戻る]