これはもうひとつの『パラサイト・イヴ』といってもいいんじゃないだろうか。
たぶん、作者はとてもまじめでSFが好きな人なのだろう。ベストセラーにはなったものの、『パラサイト・イヴ』に対してSF界からいろいろと批判が出たことに心を痛め、今度は満を持して、もうひとつの「パラサイト」の物語を描いてみせたのではないか。
もちろん、作者の意図は全然違うところにあるのかもしれないけれど、SFファンの私としてはそう考えてみたい。
前作では、ミトコンドリアがいきなり人間のように考え、言葉をしゃべってしまうあたりのSFとしての詰めの甘さに批判が集中したが、今回、そうした飛躍はない。いや、後半には前作よりさらに大きな飛躍があるのだけれども、その飛躍に説得力を持たせるため、作者は今作では、脳科学、人工生命、類人猿の言語研究などさまざまな理論を積み重ねる。上巻はほとんど各分野の理論の紹介で、確かにちょっと退屈なのは欠点だが、これは下巻の飛躍のためにどうしても必要な部分だと思う。
もうひとつ欠点を挙げるならば、科学理論を前面に出したせいか、人物描写が今一つなところ。加賀とか広沢とかの悪役はステレオタイプだし、「ネットワーク・ベイビー」なミシェルの話など、結局全然意味のなかった設定も多いのはどうにかしてほしかった。。
下巻では、徐々に上巻で紹介された理論が統合されていき、そして壮大な虚構が立ち上がってゆくのだけれど、どうしてもこの統合の部分がぎくしゃくしている感はいなめない(まあ、これは当然。だって現実もこれらの理論が統合される段階にまでは至っていないのだから)。
しかし、下巻の後半で繰り広げられるイメージの奔流は、そんなことを忘れさせてしまうほどのすさまじいもの。これぞSFの醍醐味。これだけで私は満足だ。ここまでやってくれたら、もう何もいうことはありません。
これは、瀬名秀明が満を持して放った渾身の力作だ。そして、まぎれもなく一級品のハードSFである。ここまでハードなSFも珍しいのではないか、というくらいだ。
ただ、誰にでもわかるように書かれていた前作に比べ、今回の作者はあまり親切ではなくなっていて、いったい何が起こっているのかあまり説明してくれない。読者が考えろ、ということなのだろうけど、ここも評価が分かれそうなところ。いったいエピローグはどう解釈すればいいのか? 一応の解答は考えてあるのだけれど、本当にそうなのかな?
『パラサイト・イヴ』に満足した人は、はたしてこの豪速球を受けとめきれるのか。それだけが心配な気がする。