正字正假名隨筆 「鞭毛亭日乘」

法醫學篇 「法醫學實習の午後」


 長月十三日。教室に入ると、黒板に「本日の法醫學實習は地下にて司法解剖見學」とある。白衣の不攜帶を悔やみつゝも地下へ向かふ。ひんやりとした解剖室へと足を踏み入れると、既に十數人の學生が眞剣な面持ちにて室内の一點を見つめてゐる。見れば、顔色の惡い太つた裸體の中年男が臺上に横たわつてゐる。顔色の惡いのも道理だ。彼は不幸にもこれから先の人生を永遠に失つてしまつたのだから。それも、司法解剖に付されるといふ事は、先ずまともな死に方ではあるまい。
 奥の白板には男の名が柴田某と記されてゐる。三十八歳である。男には九一〇五なる解剖番號が与へられてゐる。その他白板には室温、直腸内温度等が細かく記されてゐた。
 我々が司法解剖を見學するのは、これが二度目である。半年程前の見學の時には損傷の酷い女性と幼い女の子の遺體が二つの手術臺の上に並んで載せられてゐた。女性は體中に擦傷と火傷を負つてをり、女の子の方には頭の上半分がなかつた。讀者は憶えてをられるだらうか。それとも、情報の溢れた昨今のこと、何年も前のこんな事件は、とつくに腦内から消去せられてゐるだらうか。かつて、江戸川區でトラツクによる母子轢き逃げ事件があり、その惨たらしさは新聞等で隨分話題を集めたものである。彼女等は、その事件の被害者であつた。女性の火傷はトラツクに引き摺られた時の摩擦に因るものである。あの時には餘りにも酷い遺體の状態に慄然とし、一日も早い犯人の逮捕を祈つたものである。それに較べれば、今回の遺體には外傷も見當たらず、今すぐ元氣に起き上がつても不思議はないやうに見えた。
 しかし矢張り、この男は確かに死んでゐるのだ。緑色の手術着を着用した醫師達が男を取り圍み、その體の各所を精査してゐる。責任者らしき女醫が、その結果を逐一聲に出して告げる。更に彼らを取り圍み、メモ用紙にペンを走らせてゐるのが、薄青色の制服に身を包んだ檢視官達である。「鎖骨下部に小刺痕あり。周圍は紫青色」「右くるぶし上に小刺痕あり」
 男は鍼治療を受けてゐたらしい。後で聞くと、治療院(病院に非ず)に於ける電氣治療の最中に急死したといふ事だ。治療院側には醫療過誤の疑ひがあると云ふ。
「頭髮九センチ」「陰毛一センチ」女史の報告を、醫師の一人が白板に書き冩す。
 一通り外面からの觀察が終はると、遂に醫師達はメスを握つた。正中線に沿つて眞つ直ぐに胸腹部を切り開く。黄色い脂肪層が厚い。女史は竹の物差しでそれを計測し「腹部脂肪、最大部で三センチ」と宣言した。
 脂肪及び筋層、大網と呼ばれる腹部を覆ふ結合組織を取り去ると、複雜に入り組んだ小腸が見える。女史は、腸の色、表面の性状等を逐一報告する。次いで、各臟器の摘出に移る。先づは手際良く肋骨をペンチ樣の鋏を用ゐて切斷し、心臟と肺とを露出させる。心臟を切り開き、各心室心房内の血液を柄杓状の用具で計量する。心臟を胸腔から手掴みで取り出す。私は、ふとアステカ族の生贄の儀式を思ひ出した。
 血の滴る心臟を、肉屋にぶら下がつてゐるやうな秤に載せ、重量を量つてから、内壁に幾つも切り込みを入れて心筋や冠状動脈の走行を精檢する。多少脂肪が多い他は特に異常はない。組織標本を作る爲だらう、女史は心臟の一部をホルマリンの入つた小壜に容れた。
 檢査が終はると、檢視官達が心臟の冩眞を撮る。ポラロイド一臺を含む三臺のカメラを用ゐて計五枚の冩眞を撮つた。
 次は肺である。肺も同樣な檢査を受けたが、これも特に異常はなかつたやうだ。再び檢視官が冩眞撮影を行う。ぬらぬらと血に濡れて光る暗赤色の肺は、臺上でプヂングのやうに震え、一箇の生き物のやうに見えた。
 この時丁度、法醫學教室のI教授が現れた。教授が登場すると、手術室の雰圍氣が俄かに和む。ある學生の形容によれば、教授は「ポリスの市民を前にしたソクラテスのやうに」講義をされる。自身の體驗談或ひは自慢話を中心にした、獵奇とゴシツプに彩られた獨演會型の講義は、我々の間でも、つとに人氣が高い。教授は心臟と肺を僅かに見ただけで、いつもの講義と同じやうに我々に向かつて、「勿論治療者は通常の患者には危險ではない電流を掛けたのだらうが、特定のこの患者に對してこの電流を流すことが危險であると知つてゐたかどうかが問題である」と、獨特の低い聲で語られた。この後「だから醫師は知識がない方が得をする事もある。知らない振りをした方が良い事もあるのだ。『能ある鷹は爪を隠す』と云ふ奴だナ」と、訳の分からぬ事を付け加えるのが、I教授の講義の眞骨頂である。それだけ云ひ置くと、教授は直に又去つて行つた。典型的なワンマン教授であるが、それも又我々の愛する所似である。
 さて、脾臟、腎臟、副腎、肝臟、胃、腸、睾丸、舌と檢査は進んだが、何処にもさしたる異常は見られなかつた。瞬く間に臟器は悉くその持ち主の元を離れて行き、腹腔は空虚になつた。小壜は既に組織の小片でいつぱいである。
 最後は腦である。頭皮にメスを入れ、醫師二人が渾身の力を込めてそれを頭蓋から引き剥がす。頭皮はぱりぱりといつた音と共に前方へと捲れ上がる。丁度裏返しになつた頭皮が顔を覆つた形になつた処で、醫師は手から力を拔いた。頭蓋に貼りついた結合組織や脂肪組織を特殊な鈎状の器具で丹念に剥がすと、ドオム状の骨は眞白な姿を晒す。そうしてやつと骨に鋸を入れることが出來るのだ。一人が頭を押さえ、もう一人が鋸を引く。頭を樣々に回轉させ、鋸が頭の廻りを一周すると、醫師は頭蓋骨を上方へと持ち上げる。めきめきと、硬膜の剥がれる嫌な音を立てて、頭蓋骨は頭から外れ、誰でも形だけは知つてゐるあの皺だらけの白い腦を露出させる。これを注意深く取り出して、漸く「腦出し」は終了である。重量は一四〇五グラム。切り刻んで内部を觀察したが、これも又異常は見當たらなかつたやうだ。
 丁度この頃に再び現れたI教授は、ろくに解剖にも立ち合つてゐないのに、死因や治療上の問題點について自信ありげに檢視官に説明してゐる。流石は法醫學の泰斗である。皮肉のつもりはない。私は彼を尊敬してゐるのである。
 死因は心臟に因るものであるらしい。だが、電氣治療との因果關係は不明な侭だと云ふ。電氣を流さずとも、彼は死んでゐだかも知れないといふ事だ。因果關係の判定は何時でも非常に難しい。或ひはいづれ顕微鏡的觀察に據つて明らかとなるかも知れない。
 解剖開始より一時間十五分、女史は司法解剖の終了を宣告した。醫師達は部屋の隅にあつた藁半紙の束を腹腔内に敷いて血を吸わせてゐる。何をしてゐるのだらう、と思つてゐると、標本として保存したもの以外の臟器を凡て琺瑯のバツトからその上に流し込み、更に紙を詰めてから切り開いた部分を閉じ、太い絲で縫ひ合はせ始めた。つまり藁半紙は詰め物だつたのである。頭にも腦は戻さず、丸めた紙を詰めて再び縫ひ止める。教授に據れば、使い終はつた手袋を詰める事もあると云ふ。斯くの如くにして、今度こそ本當に解剖は終了したのである。
 翌日の新聞には柴田某に關する記事は何一つ載らなかつた。新聞の僅かな紙面を埋めるにも價せぬ程の小さな死だつたといふ事だらう。それ以後も新聞は何も云はない處を見ると、幸ひにも治療院は責任を免れ得たのかも知れぬ。何れにせよ、一人の男が死に、司法解剖に付された、それだけの事である。

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